お話3

□歌舞伎町ぶらり旅 夜
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夜の歌舞伎町、土方は、あまり好きではなかった。まぶしく光るネオンは街を彩るには結構なことだが、なんせ明るい。星など見えない。そのくせ人は多いし、売り込みの声はうるさいし。一緒に来ていたはずの沖田もどこかへ消えてしまうし。

闇に溶けこめないのが、不便である。
派手な服装の者が多いから、真選組の制服は逆に目立ってしまう。そもそも、腰に刀があるだけでお役人ということがわかってしまうのだが、一度金髪の頭が悪そうな男に「真選組のコスプレ?」とか聞かれたことがある。そのときは文言無用で殴り飛ばしたが。

見回りをしようともこれでは攘夷派がすぐに逃げて行ってしまう。路地裏にでも潜もうかと思うが、なんせここは歌舞伎町、しかも夜。ろくでもないバカップル様がいるのだ。よくあんな狭いところで抱くよなァと土方は呆れてため息をつく。ホテルくらい、腐るほどあるのに。バカか。

「あー!ニコ中!」
「あ?」
「こんなところで何してるアルか?あれか、ばいしゅ」
「コラ」
「痛っ!前に言ってたのお前だろ銀ちゃんだろ」
「やめなさいもう神楽ちゃんたらお行儀の悪い」

売春婦がそこここで客を待っているこの時間帯にうろついている次点であまりお上品とは思えないが。土方は興味なさげな目で、後ろから声をかけてきた神楽とその隣にいる銀時を見る。

「お前先に新八ん家行ってろ」
「あいあいさー」

元気よく走っていく少女、この柄の悪い街に一人で大丈夫か、といった表情をするとそんな土方の内心を読みとったか銀時が困ったように笑った。

「ほら神楽ってさ、強いし」
「保護者失格だな」
「まあまあ、厳しいこと言うなよ」
「知ったこっちゃねぇけど」
「あらら?一般人には媚売っといた方がいいんじゃねぇの?人気とか必要なんだろ」
「お前みたいな一般人にイイ子ヅラしても何も得はねぇよ」
「…ほんとはイイ子なんだろうけどねェ」

頭をかく銀時、その銀髪が色とりどりのネオンでカラフルに光っている。

「人多いだろ、こんなんで見回りとかできんの」
「右側に来んな、刀抜きづれぇ」
「このさい両利き目指したら」
「ふざけんな」
「てか敵いんの、この人ごみのなか戦えんの」

歩き出した土方の隣を歩いている銀時は、肩が触れあうほど近くにいる。ダイレクトに右耳に入る銀時の低い声がくすぐったかった。

「さあ、敵がいたら市民もろとも斬っちまうかもな」
「俺も一緒に?」
「お前には木刀があんだろ」

そう、真剣じゃなくて、木刀が。
どうもこの男は、土方とは反対側にいるような気がするのだ。土方みたく闇に溶けこむのではなくて、一般市民として馴染んでいるような。殺伐としている自分の世界とは全く違う、銀時のそれ。

それなのに、この男は土足で遠慮も無しにずかずかと入ってくる。

「木刀じゃ副長さんには勝てねぇよ」
「…ふうん」
「あっ違うってべつにバカにしてるわけじゃねぇって!」
「…はぁ、そうですか」
「怒んなよ」
「怒ってねぇし」

あーだとかうーだとか声を出しながら銀時が頭をかいている。

だれが強いか、そんなの、わかっている。先日斬った隊士は、普段はあまり目立たないくせに、強かった。
カンの鋭かったその間者は、寝床で沖田が音も立てず刀を抜いたのにも気付き、沖田ではなく一緒にいた土方に斬りかかってきた。あの沖田の刀を避けたところを見て、思わず敵ということも忘れてみとれてしまったほどに。

確実な死、を、覚悟している者は、どうしてなかなかあんなに強い。土方の右肩に刺さった刀と、土方の愛刀が貫いた隊士の喉、直後沖田が飛ばしたその首。
怖さと怒りとがまじった酷くおそろしい隊士の顔が脳裏に浮かんで、土方は目を閉じて頭をぶんぶんと振った。

「土方、」
「…なに」
「大丈夫か?」

のぞきこんでいた銀時の赤いのとバチッと目があって、一瞬あの首なしの真っ赤な仲間を思い出す。仲間だった。いい奴だった。
ひくりと喉が鳴って、思わず銀時の腕をつかんでいた。

「っえ、」
「あ、いや―」
「いや、いいよ」
「…悪ィ」
「なに、どしたの」
「べつに」
「…そっか」
「…あぁ」
「ならいいけどさ」

俺が怖いわけじゃねぇよな、と再びのそきこんでくる銀時、やっぱり恐怖が顔に出てしまったか、情けない。

「なんかさ、どう言えばいいかわかんねぇけど」
「なんだよ」
「あー…土方は、ほら、大丈夫だよ、うん。ゴリラとか沖田くんとかいるしさ」
「近藤さんだバカ」
「うん」
「…ばか」
「うん」

あぁ本当にばかやろ。
初めて見た銀時の真面目くさった顔に、一瞬どくりと心臓の音が聞こえた気がした。
土足で踏みこんでくるくせに、優しいのだ。お人好しなのか何なのか知らないけれど、この男は、優しい。
近藤の優しさとはまた違う、けれど、土方は、確実に、救われている。

「なぁ、」
「どした」
「万事屋って、いつもここにいんのか」
「歌舞伎町にか?」

土方がゆっくりとうなずくと、同時に銀時もゆっくりとうなずいた。

「…いるよ」
「…そう、だよな」
「なァ土方、見回りのときにはさ、」
「なんだよ」

変な空気、と土方がくすくすと笑った。
ぽかんと口をあけた銀時が、前からやって来たらしい野良猫を避けてつまずく。

「なんだお前、よく動物につまずくよな」
「今のはむこうが悪い、あの黒猫…ったく夜だから見えにくいんだよ、うげーアレか、不吉なことの前兆ってやつか、」
「俺よく総悟に黒猫だって言われるけど、縁起悪ィのかな」
「あー土方くんはいいんだよ、いやその、いやたしかに猫っぽいし猫なら黒猫だろうけど、でもその不吉ってか、会ったらだめって訳じゃねぇっていうか、いやむしろ」
「万事屋」

その先はなんだかまだ聞いてはいけない気がした。土方の中では、まだまだ真選組が一番の重さなのだ。今は見回り中だ。仕事中だ。帰れば近藤もいる、沖田もきっとあそこにもどっている。山崎も報告書片手にラケットを振り回しているはずだ、折らないと。

この男の優しさにすがっている場合ではない。
考えられる限りのしなければならないこと、――言い訳、を土方は自分にむかって言い聞かせていた。

「あの、」
「あっハイ」
「…あの、」
「うん」
「…また、…来るわ、ここ」
「…うん」

居心地が悪そうに見える。片手を懐につっこんで、銀時が土方と反対の方を向いた。

「やっぱ柄悪いし、あと…柄、悪いし…えっと」
「そうそう、ここは歌舞伎町なんだから副長直々に見回りしてもらわねぇと」
「…うん」
「だろ」
「…かっ帰る」
「え、もう帰るの」
「…帰る」
「あ、っと土方!」

くるりと踵をかえした土方の腕を掴んだ銀時と目があった。今度は頭にはなにも浮かばずにすんだ。が、銀時の方は目をそらしてなにやらぶつぶつとつぶやいている。

「えーっとだな、あの、あー…あ、怪我、はやく治るといいな」

言いながらそっと土方の肩に触れる。そのときなぜか急にその部分が熱くなって、土方は銀時の腕をつかんで引き剥がした。

「きっ気安く触んなっ!」
「あっわっ悪い悪い」
「帰るっ…おっ俺は帰るって言ってんのに」
「かっ帰って!うん帰って土方、お疲れ!」
「おっお前に言われなくても帰るし」
「うっうんそうだな、じゃっじゃあな」

二人同時に背を向けて走った。一人は肩をおさえながら、一人は片手をぎゅっと握りしめながら。一人はずかずかと大股で歩き、一人は全速力で走っている。

振り向いた土方が見たのは、ネオンが光る歌舞伎町を背景に、どこぞの店の看板に走って突っ込んでいる銀時の姿だった。頭をおさえながら、ちらとこちらを向いた銀時、その顔は赤い。

あれは絶対ネオンのせいだ、そうだそうだと一人納得した土方、こちらは意識的に、赤いネオンが光る店のそばを通りながら、歌舞伎町を歩く。

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