お話3

□愛し上戸
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田舎モンだからなァ、と土方がくすくす笑う。月明かりに照らされた彼の肌は、いっそ病的に白かった。それでも、頬だけはほんのりと赤く染まっていて、やっぱり生きてんだなあと、銀時は酒であまり回らなくなった頭の中でそう思う。

副長室の縁側は、あまり人が寄りつかないのだそうだ。人と言っても隊士のことだろうが、誰も近づかない、らしい。沖田いわく。
昔あそこに三人ほど間者をならべて首ぶっ飛ばしやしたからねェ、とのんびりと言っていた沖田は、ことあるごとに縁側で寝ているのだそうだ。静かでいい、と寝ているのか副長室の土方を見守っているのかわからないが、沖田はそう言っていた。

「ああ、あなたの瞳はなんとかのごとくーみたいな、なんだっけな、」
「ああ土方くんの俺だけをうつしている真っ黒な瞳は宝石の」
「そうそうそんな感じだ、なんだお前もヘタクソか、アメーバ?眼鏡がそんなこと言ってたな」
「それはゴリラです銀さんは原始人でしたー…」

しゅんとうなだれる銀時を見てフンと土方が鼻をならす。偉そうにしているが、銀時が女を口説きにかかれば一気に不機嫌になるにちがいない。

その特別席―副長室の縁側に、銀時は座っていた。土方も隣にいる。沖田が置いていった鬼ころしを二人でちびちびと呑みながら、こうやってゆっくりと話していた。
銀時の尻の下、もしかすると例の隊士が倒れたところかもしれない。しかしこっちには鬼の副長がいる、むこうも怖がって化けては来ないだろう。呑んでいるのは鬼ころし、な訳なのだが。

「近藤さんもあんな風に気取るから失敗すんだ、普通に口説きゃいいのに、あ、それはお前もか」
「普通にってどうするんだよ」
「思ったこと言やあいいんだよ、あーやだやだ、女の口説き方も知らねぇのか坂田さんは」
「うっせぇなヤり殺すぞ」
「ハイきました下半身暴走式口説きー」
「ひーじーかーたー」

アハハハッとどこぞのゴリラみたく大きく笑った土方は、たとえ自分を小バカにしていようとも綺麗だった。相当酔っているらしい。
だらしなく銀時にもたれかかる土方からは酒の匂いと、風呂にでも入ったのだろう、せっけんの匂いがして、銀時はすぐに欲情した。

「銀時もなあ、黙ってりゃ何人でも寄ってくんだろ、あと天パが治ったら」

二人きりのときにたまに聞こえる、土方の声でつくられる“銀時”、それが大好きだ。

「病気みたいな言い方すんじゃねぇ、これはハンデなんだよ、銀さんあまりにもカッコイイから天パでもつけとかねぇとって神さまがだな」
「だいたい往来で土方土方うっせぇんだよ通行人引いてんぞ絶対、だからいつまでたっても下半身暴走なんとかなんだよ」
「だってそうでもしねぇと」
「俺には総悟がついてるから平気だよ」
「本当銀さんゴコロがわかってねぇなあ」

だから牽制だって必要なんだよ。
これは一生かかったって土方にはご理解いただけないだろう。それかもうそれをわかっていてそんな風に言ったとしたなら、相当なやり手だが。あぁやり手にやられてしまった俺。

でも、とここで銀時は反撃を思いついた。

「その口説き方のなってねぇ俺に落とされたのはどこのどいつだよ」
「武州から来ました土方ですけどなにか」

抑揚のない口調で言う土方は涼しげな顔だ。

「なんだあっさりしてやがんな、もうちょっと恥ずかしがってくれるかと」
「残念だったな」
「まあいいけど、てかなんで落ちてくれたわけ」
「キズモノにされましたからね」
「うわーひでえ言い方、銀さんのちんこ大好きなくせに」
「ほんと、最っ低だよなお前」

わかってるけど、とため息まじりに言って、銀時の肩に頭をぐりぐりと押しつける。土方が甘えたいときにする行為だということは、銀時はよく知っている。腰を抱いてやると、すん、と鼻をならして目を閉じた。

「俺も真選組イチの男なのにこんな天パに引っ掛かって、隊士達がもったいねぇもったいねぇってうるせぇ」
「この光景みたら失神するんじゃねぇの」
「明日あたり総悟の隠し撮りでも散らばってるかな」
「いいのか?」

顔を真っ赤にして烈火のごとく怒るだろうと思ったが、のぞきこむと案外穏やかな表情だ。

「みんな知ってっから、べつに」
「嬉しいねぇ」
「そんだけ、ここの連中にはマークされてんだぜ、副長を泣かしたらただじゃすまねぇらしい、気をつけな」
「じゃあ声は我慢しろよな」
「ばか、そういうのを言ってるんじゃなくてだな…」

その先はしゃべるのが面倒になったのか、土方は銀時の着流しの袖をいじっている。

「総悟もさ、顔はイイだろ」
「外と中でバランスとってんだろうね」
「あいつも、もうちょっと性欲とかねぇのかなあ」
「そうか?」
「局中法度で禁止してねぇから、みんな女遊びは派手なんだけどな、俺、総悟が女買いに行ってるとこ見たことねぇもん」

ねぇもん、だって。可愛いなあと銀時は腕のなかの恋人をいとおしそうに見つめた。こんな土方には、下半身よりも先に心がきゅうっと締めつけられるのだ。まったく嫌ではない痛さで。

沖田のそれは、きっと土方のせいだろうと銀時は思う。こんなに綺麗で中身も可愛らしい人間、遊女が束になったって勝てやしない。そんな土方がつねに近くにいるのだから、愛想を振りまくだけの遊女がいやになるのもわかる。

「お前も?ここで留守番か」
「ま、あそこに行くのは仕事のときだけだ。屯所に人がいねぇのもだめだしな」
「仕事ってお前、まさか仕事が理由で浮気ですか土方くん」
「あのな、遊郭ってのは情報の宝庫なんだよ、あそこでいろいろ聞くんです」

だいたい、あんなやり手のババア相手にするほど女には困っちゃいねぇんだよ俺ぁ、と酔いのまわっている土方が憎たらしく笑う。世の男が聞けば皆キーッ!と女みたいにうらやむだろう。

「おーおーモテる男は違うねぇ」
「それをお前、銀時がキズモノにしたからさあ、あんなやんちゃだったトシが遊ばなくなったーって近藤さんがうるせぇのなんの」
「え、なに、お前やんちゃだったの」
「え?うん」
「…へぇ」
「わ、すげえ怖ぇ顔になった」
「ふうん、そんで銀さんに落とされてからは遊ばなくなったの、やんちゃなトシさんは」
「だって」

この感度のいい男が、やんちゃだっただと。銀時はハァ、と笑いを含んだため息をついた。もしかして女に突っ込まれてたんじゃねぇのか。なかば本気でそう思う。

でもそんな土方が、女には困ることがない土方が、自分に身体をあずけてくれる、これは本当にありがたい。いつか真面目な顔で礼を言ったらどんな表情をするのだろう。

「だってお前とする方が気持ちいいし」

こともなげに言う。

「ぐはー!やられた」
「な、お前は?やっぱ女の方がいいか?」
「んなわけねぇだろ」
「なんだそれおもしろくねぇ、ここは気持ちよくはないけど好きだから抱けますくらいのセリフ吐けや」
「うーんなかなかに乙女だな十四郎くんは」

もちろん気持ちよくなくったって抱いている。好きだから抱くのだ。しかし抱くとやっぱり気持ちいいものだから、下半身ばかり走ってしまう。
でも銀時だって、土方に本気で拒絶されれば、一年だって十年だって、禁欲してやるという覚悟はあるのだ。言わずもがな、十年先も彼の隣にいるつもりである。

それでも土方は、仕事終わりの疲れているときでも、欲情しきっている銀時を甘受するのだ。文句を垂れながらでも、結局こいつも俺のことが好きなんだなあと、感じさせてくれるのがたまらない。

「…あー…好きだわー」
「あ?酒か?俺か?セックスか?」
「おめーに決まってんだろ、ったりめーだろうが」
「おードヤ顔さすがだな主人公」
「あのなあ」

酒のはいっていない状態の土方なら、からかうのは銀時の役目なのに。銀時に笑われる土方は可愛いが、自分が笑われるのはどうも性にあわない。笑う土方はもちろん可愛いし、笑ってくれるに越したことはないが。

土方に笑ってもらえるなら仕方ないか、と目の前の子供みたいな彼を見て銀時はふっと目を細めて笑う。

「…いいな」
「ん?」
「…いまの顔、近藤さんに見せてやりてぇなあ」

くく、と嬉しそうに笑う土方の目が、銀時を見ている。

――綺麗だ。

「うちのトシをよろしくお願いしますーって泣くぞ、たぶん」

そんな近藤を想像して幸せそうに笑う土方、たまに、すごくまれに見せるこんな笑顔を見ると、銀時はなぜか泣きそうになる。

「…俺だってさ、」
「俺の顔?あ、総悟には見せんなよ、落書きされそう」
「ちげぇよ、ったく」
「…なに、怒ってんのか?」

酒がこぼれるのも構わず、土方を正面から抱きすくめた。

「…、好きだ」

俺だって。

俺だって、見せてやりてぇよ、せんせいに。

「うげーんなぎゅうぎゅうすんなよ吐くって、なあ銀時吐く、なあ」
「…うん」
「あー最悪、着流し濡れてる、最悪」
「…うん」
「なあ」
「ごめんって」
「なあ、俺、酔ってる方がいいか?水飲んで真面目に聞いてやる方がいい?」
「あー酔ってて。今からのは全部忘れろ」
「おー任せろー」

言われて、わけのわからない礼を連呼して。
好きが理由で泣くなんて、初めてだった。








沖田さんと山崎さんとで庭から●RECであります。結婚式での出し物がどんどん増えてきております笑

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