パラレル

□その十五
1ページ/3ページ

カラン、と道場に乾いた音が響く。土方の、竹刀だ。

幕臣のバックアップ――腐った繋がり、を断った土方は、表には出さないが焦っているように見えた。繋がりを、失った、という方がいいかもしれない。俺のせいで。一から真選組をつくってきた彼とは違う何も知らない俺にとっては、それが一番いいことだと思っていたし、後悔なんてしていない。独善と言われようが何だろうが、俺は土方がお偉いさんにいいようにされるのが嫌いだった。それだけだ。

それでも、真選組を支えているものは、すこしばかり、ひびが入ってしまったらしい。それを補うために、土方は今まで以上に動いている。
もともとあんな繋がりなんて作らなくてもよかったんだ、と沖田は笑っていう。確かにここまで名をとどろかせるほどの組織になったのは連中のおかげかもしれない。でも、そこまでこだわる必要も、ないんじゃねぇんですかィ、と。何も知らない近藤は、いつもと変わらない生活を送っていた。いつものようにバカをして、笑って、おおらかな局長であること。それが沖田いわく、土方にとっての救いになっている、らしい。

「前から言っておくべきだったが」

今朝、隊士全員が集められた。

「コイツのことはちゃんと坂田副長って言え。間違っても万事屋の旦那とか銀さんとか言うな。幕府関係者の前では特に。いいな」

解散、という土方の言葉をどこか遠くで聞いていた。
銀さん、だってよ。結局、寝起きの頭にはそれしか入ってこなかった。銀さん。土方の声でつくられる、銀さん。くすぐったくて笑ったら、へらへらすんなって怒られた。

だから今朝からずっと、俺の頭のなかでは「銀さん」がぐるぐる回っている。竹刀の音がしたときも、やっぱりそれでいっぱいだった。

「――どういうことだ、トシ、ちゃんと説明してくれ」
「…ぁ、…」

トップ二人のただならぬ空気に、しん、と静まりかえった道場。あぐらをかいている俺の隣に立っている沖田の、噛んでいるガムの音だけがしている。修羅場か、なんて小声で聞いてみると、肩をすくめて笑った。が、その笑いも少しひきつっている。

「いーや、コイツはちとヤバいかもしれやせん」

見てくだせぇよあの土方さん。

いつも白いけれど、その時の土方の肌は病的に白かった。唇は青く、目は見開かれて幼く見える。
一歩あゆみ寄った近藤に、二、三歩土方が後ずさる。呼吸が不規則なのが、道場のはしっこにいる俺からでもわかった。
顔に浮かぶのは、恐怖、それしかない。

「…沖田隊長」

押し殺した声で、あの地味な監察が恐る恐るといった様子でやってきた。

「…旦那、代わりに」
「いいけどよォ、俺のことは坂田副長って呼べよな」

軽く言うと、目線は土方から離さずに、小さく笑った。

「ハア、ったくなんなんだよあいつら」

抜き足差し足で道場から出ると、自然と大きなため息がでた。あんなぴりぴりした空気、そう耐えられるものではない。

「副長、大丈夫ですかね」
「はあ?あの二人が仲良しこよしなのは知ってんだろ、まぁ確かに土方は…怖がってた、のか」
「沖田隊長が残ったということは、相当、なのかもしれないですね」
「相当、て何が」

山崎はそれには答えずに、実は、と話をかえた。

焦っていると見えた土方は、実際焦っていたらしい。上との繋がりがない、なら尚更、自分がしっかりしないと。そう山崎にもらしていた土方は、敵―屯所に入り込んだ間者に、さらに警戒するようになった。大所帯の真選組だ。探りを入れれば、かなりの頻度で出てくる。
そして、容赦なく消していった。
副長として当たり前のことだ。真選組を護ることだ。けれど、“鬼”の匂いを濃くした土方に、山崎は心配していたのだと。

「そしたら、先日、局長に」

見つかっちまいまして。そううなだれる山崎の声は小さい。
近藤が見たのは、侍のプライドもなにもなく、泣きながら腹を切っていた若い隊士だったのだそうだ。それを副長室の縁側に座って涼しい顔で見ていた土方と、あくびをしながら介錯をした沖田。土方と沖田にとっては法度を守る、真選組を護る、いつものことだ。

つまり、局長の知らないところで行われていた、真選組を支えるものの一つ。局長クラスなら知らないくらいの平隊士の人数がいつの間にか減っている理由。

「局長、情にもろい人ですから」
「…あぁ、それであんな怒ってたわけ」
「仲間だったっていっても、敵ですからね、仕方ないんですが」
「言っても通じねぇの?頭固ぇなァ」
「言って理解できるから、余計につらいんじゃないですか」
「じゃあ土方に怒んなくてもいいじゃねぇか」

その時バン、と音がしたあと、二人の間を近藤が大股で歩いていった。いつも見るあのおおらかなゴリラではなくて、締まった気配をまとった局長、思わず口を閉じた。近藤はそのまま廊下の先に消える。

「…なに、仲直りできんのアレ」
「山崎!」

切羽詰まった声がした。沖田の声だ。

「オイ、土方さんが走って出ていきやがった。追いかけたけどあの野郎一瞬で消えやがって」
「すぐに探しにいきます」
「わかった。俺は近藤さんと話してくらァ、ちょいと言い過ぎでィありゃァ」

走っていった沖田をぼんやりと眺めていると、旦那、と山崎の真剣な声が俺を刺した。

「手伝っていただけますか、副長、きっと丸腰なんで」
「こういう時ってよォ、そっとしておいた方がいいんじゃねぇの」
「…でも」
「引きずられて帰るより、自分で納得してから、帰った方がいいんじゃねぇかって、思うけどよ」

山崎は一瞬考えるように押し黙って、頷いた。

「…敵に襲われたりしませんかね」
「副長だろ?丸腰だろうがなんだろうが喧嘩には強ぇだろうよ、それに、その前に帰ってくるだろ」
「…じゃあ、坂田副長の意見に賛成します」
「万事屋の旦那、よりかは尊重されてんのかな、ソレ」

だいたい、過保護すぎるんだ。土方だって、たまには一人になりたい時くらい、あるだろう。隊士総出で探すより、アイツが自分から帰ってくるのを待つ方がいいと思うのだ。俺が土方の立場なら、そうして欲しいから。

ただ、あの土方の恐怖でいっぱいの顔が、脳裏から離れなかった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ