お話3

□現婚 -Utsutsu wedding-
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ここ最近、銀時はそわそわしている、らしい。万事屋従業員いわく。

明日はひさびさの非番で、いつの間にか万事屋にもその情報は伝わっていたようで。どこからどう聞きつけたのかは知らないが、夜、土方が幕臣の接待をしていた店の外でずっと待っていた。
山崎あたりが漏らしたか、こんな一般人に知られて、とため息をつく土方だが、いたいけな彼らに手を引かれてしまっては、また酔っぱらって隊士に介抱される近藤に「もう上がりだから行っちゃっていいよ行っちゃいなよトシィ行っちゃいなよ」とうっとうしいほどまでに言われてしまっては、大人しく万事屋まで連行されるしかない。

「贅沢してたアルか、ごちそう食べてたアルか、私なんて今日二回も卵かけご飯だったヨ」
「お偉いさん相手に呑気に食ってられっか、ほとんど手つけてねぇし、近藤さんは豪快さ見せようとしてやたら呑みやがるし、酌しなきゃだし、あーもう」
「お疲れのところすいません土方さん、そのあーもうってなる男がまたウチにいるんですけど…」

ため息と、うなり声と、で、出来ている、のだそうだ。銀時は。

「ああでもないこうでもないってぶつぶつ言ってるんですよ」
「うわーそんな主がいるところに行きたくねぇよ」
「毎日それに耐えて卵かけご飯ばっか食ってる私の身にもなれヨ!」
「ハイハイ今度なんかおごってやる」
「とにかく土方さんを投入すれば元通りになるかなと思って」

あながち間違っているとはいえないような。
土方がいれば、銀時はどんな状態だってあのいつものだらしのない男になる、二人の周りの人間は全員といっていいほどそう思っている。とくべつ確信を持っているのは、この少年達だ。

それが不快じゃないのは、やはり自分も相当彼のことが、と土方は一人で考えて、恥ずかしさに咳払いをするのだ。

「銀さーん、土方さん連れてきましたよー」

ガタガタッ!と音がして、次の瞬間には玄関に突っ立っていた土方の目の前には例のだらしなくて嬉しそうな顔が笑っていた。

「よく来た!うんうんよくぞ来てくれました土方くん!」
「は、はあ…」
「まぁまぁ中に入りなさいよ」

ほら治った、と後ろで新八が呆れた声を出した。それに相づちを打つ神楽も慣れた様子で肩をすくめている。

「さっそく質問があるんだけどね土方くん」

出された茶は、いくら銀時の顔が光っていてもやっぱり薄くて、土方は相も変わらない万事屋を、久しぶりに感じるのだ。
向かい合えばいいものをわざわざ隣に座る銀時、土方のために灰皿を出す新八、それを誇らしげに眺めている神楽、―土方の非番は、彼らがいないと、ものたりない。

「おたくのゴリラのご予定を教えていただけるかな」
「は?近藤さん?」
「うん、いつ空いてる?」

ゴリラと言われてすぐに近藤と反応してしまった自分に舌打ちをする土方だが、なぜ急に近藤の名を出すのかと首をかしげた。
そもそも、聞くなら土方の予定であるはすだ。次の非番はいつだと、近藤を恐喝して休ませてやる、などと言って土方を困らせるのはいつものことだ。

もしかして俺じゃなくて近藤さんとデート…!?
なんてこった、と目の前の彼氏を驚きのまなざしで見つめるのだ。近藤のことは大好きだが、性的に自分より近藤の方が好きだと銀時に言われたら今後生きていける気がしない。

「わ、わっかんねぇ…けど、なっなんで」
「え、なにその目、いや違うからね?土方に非番聞くのとは訳が違うからね?」
「そんな軽々しい話じゃないってことは…お、俺より」
「違うからァァァ!非番は軽くないから!土方より近藤とか俺をそんなふうに思うなァァァ!」

お前が一番だ!世界で、いや宇宙で一番好きなんだから!愛してる!などと両肩をつかまれ揺さぶられ、銀時の愛の言葉が耳から入って頭を襲う。くだらなくなってきた。同じように、年少組も呆れた表情で銀時を見ていた。

「あー…あぁハイハイ、で、近藤さんになんか用」
「いやね、これは大事な話で」
「はあ?」
「あっちょちょっと待て、えとね、ゴリラにはね、」
「んだよ、はっきりしろ」
「あー…」

がしがしと頭を掻くのは、体裁が悪いときか、照れくさいとき。土方にとってはもはや常識だった。今日は後者であろうことも。

「けっ、こん」
「…はい?」
「結婚、いやほら土方って箱入りだしこういうのは親御さんにきちんとあいさつするべきだしとにかくまぁあのさ、…土方」

早口で一気にまくしたてたと思えば、ガシッと土方の両手をつかんだ。
あの死んだ魚の目が、煌めいている。

「結婚しよう、土方」
「…、っええええ」
「なんだその反応!もっかいやり直しな、土方、結婚」
「あのね坂田さん、冗談言ってる場合じゃねぇって、俺いま仕事終わったところで、明日のシフトとかも決めないといけないし、急に結婚とか言われましても、てかそもそも結婚て」
「嫌か」
「嫌って前に」
「土方、俺と結婚するのは嫌か、嫌じゃねェのか。どっちかハッキリしろ」

顔を近づけて問う銀時、こういうときの彼はやたらに男前に見えて、土方は黙ってしまうのだ。

「あんまりトシちゃんをいじめちゃだめアルよ銀ちゃん」
「あああもう神楽!いいとこだったのに!」
「よしなんか奢ってやる神楽、新八も、ファミレス行って順番とってこい」
「ラジャーふくちょー!」

うなだれる銀時の隣で元気よく敬礼をした神楽が勢いよく玄関を飛び出していく。礼を述べながらぺこぺこと頭をさげる新八もそれに続いた。

トシちゃんの隣は私の席ヨー!などと叫ぶ神楽に我にかえったか、顔をあげた銀時は次の瞬間には玄関で足踏みをしている。

「土方はやくしねぇと俺とお前のラブラブカップル席が」
「言ってろ」

外でうろついているかもしれない、先ほど接待した幕府の連中に、制服でこんな男といっしょにいるところを見られるのも嫌なので、たんすをあさって適当な着流しを見つける―つもり、ではあったが。
なぜかたんすの中に、綺麗にたたまれてしまってあったのはまぎれもない自分の着流しで。

「あぁ、前にお前んとこのジミーが置いてったよ、副長の着るものがなくなったらどうたらこうたらって。てかまさかの生着替え?やめてくんなーい、銀さん空腹と性欲で土方くん食っちまう明日の朝までー」

それに返すのも面倒で、土方は一つ舌打ちをしてありがたく着流しに腕を通す。

ふと視界のはしっこにあったもの。社長机に散乱したジャンプといちご牛乳の空のパック。

「…ったく、出したら出しっぱなし、バカ」

几帳面な性格が、それらを片付けようと腕を動かす。散らかる―全部、開いたままで広がっている―ジャンプの下に何冊かの本があった。

いわゆる、結婚雑誌。

「はあっ!?」

弾かれたように玄関を振り返ると、やはり頭を掻いている、銀時がいる。

「俺はいつだって本気だよ」

殺し文句のようなそれに、耳まで熱が回ったのが、自分でもわかった。
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