お話3

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折れてますねぇ、とそっけなく医者が言う。骨折でも、坂田さんなら三日くらいで治っちゃうんじゃないですか。

似たようなことを新八にも言われた。昨晩の依頼で、どこぞのヤンキー(気持ちの悪い天人だった)を夜通し駆除していたヒーローの左腕は、どこぞのヤンキーに飛ばされた新八と神楽の全体重を左腕で支えてしまって、そのまま壁に打ち付けられて。あっけなく折れてしまったわけだ。

「すいません銀さん、…まぁ、左でよかったじゃないですか、それに銀さんならすぐに治りますし」
「いちご牛乳のカルシウムがついてるアル、がんばれヨ」

負い目かなにか知らないが、あまり目を合わそうとしない二人には大人の対応を。実際、二人が悪いのではないのだし。
それでも、毎晩の騒音に悩んでいた、大きな屋敷に住んでいる裕福なご老人ー依頼人は、ものすごく銀時を心配して、半ば無理やりに病院まで車で送った。
あげく、医者にまで冷たくあしらわれる始末だ。まったく、踏んだり蹴ったり、である。

ちょうど急患が入ったとかで、病院は忙しそうだった。

「…旦那じゃないですか、なんでここに」

階段を下りてきた黒服、―山崎が、足をとめて驚いた表情で銀時を見ていた。顔に大きな絆創膏を貼っている。
急患とは真選組の連中のことか、と銀時は納得する。同時に、心のなかに広がっていく不安、土方は、無事かということ。

「なんでってお前、怪我人が病院にいちゃ悪いか、ほら見てこの左腕」
「あぁそうですか、お大事に」
「…なあ、」
「副長じゃないです、沖田隊長です」

副長もかなり怪我してますが、と言う。声が小さい。結構、危ないんだろうなぁと、銀時は自分の左腕をさすりながら、近頃のヤンキーは怖い怖い、と関係のないことをつぶやいた。
そんなことを言っている場合じゃないと怒らせてしまうかと思ったが、銀時の意に反して山崎は怒るでも笑うでもなく無表情だ。

いやなところを見てしまった。いつだって真選組の連中は、バカで男臭くて、元気だったじゃないか。それが、銀時の戯れ言にも何も返さない。

「あの沖田くんだろ、そう簡単にくたばるかよ、信じてやれば?」
「みんな絶対に死なないと思ってますよ、あのおっそろしい隊長ですし」

やっと明るい話ができると思えば、今度は泣きそうな顔になる。

ただね、と続ける。

「副長の、…副長のあんな顔、初めてで、俺も結構怖くなってきたかなぁ、なんて。…人って本当に怖いとき、あんな顔するんですね」
「…あぁそう」
「屋上です」
「…どうも」

銀時はゆったりとした足どりで、屋上へ向かう。

自分に近い人間が死ぬということに、土方は耐性がないのだろう。沖田が、ということで、彼の姉のときと同じように。一人は、余計に怖くなるだろう。
せめて、沖田が生き返るまで、そばにいてやりたい。



「そんでさ、またそのヤンキー達が持ってる武器がおそろしいのなんの」

ベンチに座らせた、眉ひとつ動かさない、人形のような土方につらつらと昨晩の依頼のことを話す。左腕のことを人生最大の怪我のように大げさに報告し、途中なんども痛い痛いと苦しんだ。
しかし、土方は依然として表情を動かさない。さっきの山崎と同じだ。まるで隣に銀時がいないように、ずっと前を見ている。

屋上のドアを開けるとすぐ横にうずくまっていた土方は、いまにも消えてしまいそうだった。それを見て、心のなかの不安が大きくなった。

「なあ土方」

まだ一度も目を合わせていない土方をのぞきこんで視線を絡ませる。

土方の顔はいつも白いけれど、今日は血が足りないのか、精神的なものなのか、きっと両方が理由なのだろうが、病的に白い。

「俺だってさ、昔はいろいろ怖がってたよ」

目の縁が赤かった。

「仕事じゃねぇからさ、割りきれねぇし、結構本気で怖かったけどよ、…でも、俺、死にかけの奴見て、絶対生き返るってさ、信じてたわけよ、そしたら元気になった奴だっているし、だから沖田くんもさ」
「…ぁ、」
「ん?」

かすれて声が出ていなかったが、やっと土方が口を開く。

「…なぁ、お前、折ってるけど、俺のほうが、斬られて、…痛いよ」

総悟のほうが、痛いよ。

…なんて、



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なんて顔、しやがる。

全部わかりきったような、それでもまだ全身で怖がっていて。仕事だから慣れていると言いながら、いまにも泣きそうな。心も身体も悲鳴をあげているのに、上から無理やり押して閉じこめているような。

あぁ、自分にできることは何もない、励ますことも慰めることも。
銀時は痛感した。

「いだだだ!土方!それはさすがの俺でも痛ェって!オイ!」

がつん、がつん、と左腕を殴られた。

「あぁもう、これで土方を抱けなくなったらどうしてくれんだって」
「…泣け」
「え?」
「いま、俺が、泣いたら、だめなんだ。死んでった隊士にも、総悟にも、…だから、泣け、お前がかわりに」

うつむいて、震える小さな声で訴える土方に、心が痛くなる。上手く泣けないのだろう、本当は声をあげて泣きたいのだろう、怖いのだろう。
そんな土方を見ていると鼻の奥がつんとして、喉も痛くなって、なにかにとりつかれたように、ぼろぼろと涙が出てくる。
いやだなぁと。泣けと言われてあっさり泣いてしまうのはどうしてだろう、と銀時は鼻をすする。

そうだ、これは土方のを、はんぶんこしているんだ。そう思えてきて、もう半分を未だ心の底に押しこんでいる土方を使える右腕で抱き寄せた。

「なぁ、俺、いま左腕使えねぇんだ」

土方が息だけで返事をする。

「左腕、かして」

首に回る腕に、すこしばかり安心した。

「銀さんが半分泣いてやるよ、んでもう半分は、俺の中に入れといてやる」

だから、怖がらずに、もう半分も渡して。

「…痛いのは」
「俺だって骨折だもん痛ぇよ、まぁ、あとお前の半分くらいは痛がってやるわ」
「…うん」
「うん」
「…痛ぇな」
「うん、大丈夫だよ」

右腕も首に回ってきた。銀時の肩に頭を押しつけている土方の身体が小刻みに震えている。それを隠すように、銀時の抱き締める力が強くなった。
長い間そうしていた。

「副長ッ!」

沖田隊長は、生きてます、生きてます。助かりました。

大きな音をたててドアを開けた山崎が、涙と鼻水と流しながら叫んだ。そのままバタバタと階段をおりていく。

がくりと土方の力が抜けた。

「だってよ副長、よかったな」

不規則になった呼吸、背中をさすってやる。
ぽろりとひとつだけ、泣いた。

「泣くんじゃなかったんだろ?」
「…ばか」
「はいはい銀さんはずーっとバカですよ」
「…これは、お前のだよ」
「そっか、ありがとよ」
「ったく、泣くなよバカ」
「ごめんね、嬉しくてさ、沖田くんとは仲がいいから」
「だからって、泣くっ…な、男、だろがっ…」
「ごめんって」

ばか、ばか、と言いながら嗚咽をもらす土方の涙を親指で拭う。
自分の指に染みこんでいく土方のそれを見つめて、やはり後から後からこぼれていく土方の心の悲鳴をはんぶんこするために、銀時は頬に唇を寄せた。


フィフティー/フィフティー


痛いのも、つらいのも、全部はんぶんこしよう。

こいつのなら、なんなりと受け止めてやる。








もとネタはリプトンのティー&レモネードの50/50。美味しくってつい…。
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