お話3

□ノスタルジアを飛ばして
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魚が捕りたいんだろ?と銀時が川に手を突っ込んだ。それを土方は冷ややかな目で見るのである。そんな風に乱暴に川の水を動かせば、魚はすぐに逃げていくに決まっている。
さすがの銀時もやはり経験者(ただし土方は全て失敗に終わっている)には敵わねぇんだ、せいぜい苦しむがいいと不敵に微笑んだその時。

「ホラ、やるよ」
「…へ?」

思わず間抜けた声が出た。目の前で水を飛ばしながらぴちぴちと跳ねているのは紛れもない魚、土方があれほど苦労しても捕れなかった魚で。

「へ?って可愛いなオイ。うわ、場所移せばよかった、オメーんとこの地味が写真でも撮ってるかもしんねぇ」
「…お前、それどうやって捕った…?」
「え?普通に手掴みでこうガシッと」
「…へぇ…そうなんですか…」
「土方くん?ねぇ、ぼんやりしないで!?」

やはり銀時が一枚でも二枚でも上である。
この男を無人島に一人で置き去りにでもしてやりたい。今よりたくましい身体になって英雄のようにたくさんの人間から取り囲まれる銀時の姿が頭に浮かんで、そうだこいつは無敵だったとため息をつく。

土方が落ち込んでいるあいだに、新八と神楽もテントから出てきたらしい。首から虫かごをさげている神楽を見て、オメーといっしょだ、と銀時が土方に笑いかけた。

「二人とも、明日を切り開く青少年たちの聖なる昆虫採取に協力するヨロシ」
「僕じゃ頼りないんですって」
「ええー俺土方くんとイロイロしないといけねぇのに、つーか虫とりて何?虫追いかけ回して何が楽しいよもう俺カブトムシの件でこりごりなんだって、張り切ってとった虫がまた将軍サマのだったらどうするよ、俺はパスだな、ここで土方とにゃんにゃんしとくわ」
「でも銀さん、せっかくキャンプに来てるんですから」
「俺は引き受けた。警察は一般市民の味方だからな。万事屋はここに置いていく」
「しゃーねぇ、ついていってやるか!」

土方さんって本当に銀さんの扱い方が上手いですよね、と新八が困ったように笑って眼鏡をかけ直した。土方が銀時に勝てる唯一の側面である。

神楽を先頭に四人は森のなかを進んでいく。何かを見つけたらしい神楽が虫とり網を構えた。土方が横に立ってタイミングを見計る。こういう時の集中力は誰にも負けない。斬り合いの時のように神経を研ぎ澄ます。

虫とりか。

森のなかに、虫や木の説明が書かかれた立て札がある。そこに、虫が止まった。二、三秒待って。

「…今だ」

ぱし、と網が立て札を叩き、地面を叩いた。神楽が興奮した声を上げる。

「うおおぉぉ!とんぼアル!クエスト達成アル!さすがトシちゃんネ!」

がしっと握手をして、神楽は満足そうにそのとんぼをかごに入れた。
ぱちぱちと拍手の音がする。

「おーナイスコンビネーションだったな、銀さん妬けるわー」
「僕も子供の時に土方さんみたいな人に教えてもらってたらなぁ」
「新八、次はあっちを探すネ」
「はいはい」

やっぱりコツとかがあるのかなぁ、といいながら走っていく新八の目が輝いている。やはり男たるもの、虫とりは永遠のロマンなのである。

武州にいた頃、よく沖田に引きずられて虫とりをした。田舎だから、緑が多かった。無機質な江戸とは全然ちがう。上を見たって空があったし、虫だって鳥だって、すぐ近くにあった。

「なーにしてんの」

大きな木の幹に額をつけて、目を閉じている土方に銀時が笑って近づいた。

「…べつに」
「やっぱ鬼の副長さんでも虫とりは経験済み?男なら誰もが通る道ってわけな」
「……武州に」
「ん?」
「昔、武州にいたんだ。そこで、総悟とよくやってた」

そういや、こんな風に木と触れあうのなんていつぶりだろう。森に入るのだって。
背中を木にあずけて、顔を上げた。ビルで埋めつくされた江戸とはちがう。緑と、その間からもれる光、隙間から見える青空。――と、覗きこんでくる銀色。

「…んな顔すんなよ、なに、ノスタルジックな感じ?」

武州には、本当にめったにないけれど、帰りたくなるときがある。

「…俺が、俺たちが江戸に出ずに武州にいたら、何してたんだろうな。近藤さんの道場で先生でもしてたかもしんねぇな、あのたいして人もいねぇ道場でさ、近藤さん人がいいから食客ばっかで―」

息が止まった。苦しいくらいに、銀時が土方を抱き締めていた。

「俺は、…俺はどうなんだよ」
「…そうだな、あそこにいたらお前に会ってねぇな」
「…帰りてぇの?」
「……」
「俺は帰さねぇ」

この男が、ひきとめてくれる。自分は真選組の副長なんだと、武州からは出てきたんだと、江戸の人間なんだと。
あぁ、大丈夫だ。

「…武州にいたら城が遠くていけねぇや、田舎だし、洋装でいったら目立つし、また喧嘩売っちまいそうだし、…万事屋もねぇし」
「そうだよ、銀さんさすがにそんな田舎までバイク飛ばせねぇって」

唇をゆっくりとふさがれる。頬を銀時の手が撫でた。

「オメーはここにいたらいいよ」

な?と笑う男には、武州みたいな故郷が、あるのだろうか。土方は目を閉じてから、ゆっくりともう一度銀時の目を見た。
故郷があろうがなかろうが、コイツだって、ここにいればいいのだ。見失わない距離なら、大丈夫だ。

見失わないどころか、目の前の銀時はまた顔を近づけてきた。キャンプだから仕方ないと理由をつけて、土方は目を閉じる。銀時のまつげが顔にあたった。

「いだだだだ!!」
「ほら神楽ちゃん!銀さんだって!」
「痛い痛いって!首絞まってる!絞まってるよコレ!」

銀時の顔に虫とり網がかかっていて、土方から引き剥がすようにそのまま後ろに引っ張られていた。

「銀ちゃんだったアルか?私てっきり熊が襲ってるのかと思ったヨ」
「コノヤローせっかくイイ雰囲気だったのにィィィ!なあ土方!」
「神楽には今度感謝状を」
「やった!これで私も英雄ネ!」
「なんでお前らそんなに仲良しなんだよ!」
「母と娘はタッグを組むもんですよ、銀さん」

副長ぉぉ!とどこかで土方を呼ぶ山崎の声がした。ここまで追いかけてきたのか、そろそろ公務にもどらないと。

「ほら呼んでるぜ、さっさと終わらせてもどって来い」
「熊がいるからなぁ」
「オメーまで言うのか!」
「トシちゃん次は虫とり対決したいヨ」
「お願いします土方さん」
「可愛い子供たちのお願いなら仕方ねぇ」
「ねぇもうちょっと旦那さんに優しくしてくれてもいいんじゃねぇの!?」

土方は笑って歩き出した。後ろから走ってきた銀時に唇をかすめとられたが、これも江戸にいるからだと思うと、うれしかった。
目の前をとんぼが横切る。そのまま武州に飛んでいけ、と土方は目を細めた。自分には、まだ止まれる立て札があるのだ。この男が隣にいるから、虫とり網だって怖くない。





***
大和さま、リクエストありがとうございます!おそくなって申し訳ございません…!
このあとはちゃんと戻ってくるんでしょうかね、そのままテントでしっぽり…なんて妄想しております(*´Д`*) テントからハートがびゅんびゅん飛んでいることでしょう。笑
こんな感じに仕上がりましたがいかがでしょうか?お待たせしてすみません。受け取っていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします(*^^*)
ありがとうございました!
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