お話3

□最終奥義、坂田銀時
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ここは本当にあの屯所かと、銀時の足は門の前で止まってしまった。いつだって銀時は、隊士達から「またあの天パがやって来たぞ」とうっとうしそうな目で見られるのに。このひっくり返したような態度はなんだ。

「ウッスおはようございます旦那!」
「あ、あーハイおはよう…」

ハゲをはじめ何人もの隊士がずらりと整列して銀時にあいさつをしてくる。それも門から廊下まで、どこの高級旅館だ、どこのVIP様だ、いっそ不気味に感じて思わず副長室まで走りたくなった銀時だ。少し早めに行ってやろうと思って来たはずが、この様子ではきっと隊士は全員が起きている。まだ夜があけてすぐだっていうのに!

「え、なに…もう朝?え、うそ、トシに怒られるってー…」

近藤などは騒ぎに起きたのか目をこすりながら廊下を歩いてくる。

「局長!まだ起床時間じゃないです大丈夫です寝ててください!」
「ちょっとジミー君なにこれ、ゴリラもびっくりして檻から出てきちゃってるじゃねぇか」
「そりゃ副長の彼氏が来るとなりゃアレくらいのお迎えは必要でしょう」

俺、もう割りきってアンタたちを応援します、今日は副長の誕生日ですし。
胸を張ってそう言う山崎に、ヘェ、と銀時は感心した。彼が副長室の天井から悔しそうに二人を見ているのは知っていた。見せつけのために何も言わなかったが、彼なりになにか納得したようだ。
ライバルとまではいかないが、周りを納得させるなんて、さすが俺。銀時はフンと得意気に鼻を鳴らして副長室へ廊下を歩く。この歓迎具合だと、これからは堂々と正面から屯所に入れるらしい。

「ありゃま、旦那ァほんとに来やがったんですかィ」
「げ、抜け駆けかよ!?」

ひょこっと副長室から顔を出したのは沖田だ。こちらも随分な早起きである。土方には自分が一番早く会うつもりだった銀時が思わず声を上げると、しー、と人指しを立てて笑った。

「人聞きの悪いこと言わねぇでくだせェよ、隊士らの声に半分起きかけてた土方さんを今寝かしつけたところでさァ」
「それ結構抜け駆けじゃね?いいとこどりじゃね?」
「そうかィ?まだ寝るーつって俺の袖引っ張ってやしたけど」
「それ俺のやりたいことリストベストテンくらいに入ってんだけどォォォ!」
「まあまあ、今から独り占めすんでしょうが、少しくらい俺にもわけてくだせェよ」

じゃあどうぞ、と副長室の襖をスッとあけて、沖田は頭をかきながら歩いて行った。

騒がしい外とは裏腹、副長室は静寂に土方の寝息だけが落とされていた。

「おはようございまーす土方くーん…」

布団に声をかけるが返事はない。肩まで丁寧にかけられた布団は、きっと沖田がしたのだろう。山崎もそうだが、土方が隊士達から愛されていることに、銀時は素直に嬉しくなった。それに負けないくらい、たくさん愛してやるつもりだけれども。

土方の寝顔は、久しぶりに見た。相変わらずの整った顔、いつもより幼く見える。
枕元に座って、縁側からのぞく空を見上げた。万事屋を出てきたころよりも随分と明るくなって、暖かい。眠る土方の頭を撫でながら、大きく息を吐いた。

まだおめでとうを言っていないのだ。誰が一番に言うかで揉めそうな誕生日に、銀時が一番に言える状況のなかで、まだ言っていない。それなのに時間は、土方を寝かせたままにしてあげる時間は、たっぷりとある。

贅沢だなあと、銀時は思う。こんな幸せ、そんじょそこらには転がっていない。土方の寝息だけで、銀時は生きていける自信があるのに。
久しく会っていなかった土方が、寝息をたてている。生きている。生きて、無事に誕生日を迎えている。

あぁよかった、と自然と笑ってしまった。

「…きもちわるー…」

掠れた声がして下をむくと、まぶたの上がりきっていない土方が暑そうに布団をはいでいた。

「なにが気持ち悪いって?」
「一人で笑ってるのが」
「おはよう土方」
「どうせ俺のこと考えてたんだろ、きもちわる、…おはようございます」

それが自意識過剰ではなく本当のことだから、銀時は困ったように頭をかいた。

「てかなんでお前がいんの、…クッソ山崎か、寝起きからなんでお前の顔」
「いい目覚めだろ?」

目をこすりながら多少、と呟いた土方の唇を軽くついばむと、少しだけ、嬉しそうな顔の土方が目の前にあった。上体を起こした土方をのぞきこむと、恥ずかしそうに目をそらされるから、相変わらず俺に慣れない土方も可愛いなあと、銀時は小さく笑うのだ。

「誕生日おめでとう」
「…どーも」
「あれ、今日誕生日だったかって驚かねぇの」
「隊士見てたらわかるし」

銀時の肩に頭を乗せた土方に銀時の方が驚いた。まだ眠いのだろう、土方は目を閉じている。触れている肩から、身体が温かくなっていくのを感じた。

「さぷらいず?だっけか、あんなのへったくそに決まってんだ、ひそひそ話の声が大きくって全部聞こえんだよ」
「愛されてるって証拠だろ、土方は鈍感ちゃんだからなァ」
「…わかってるよ」

わかってる、ともう一度つぶやいた。

「総悟と山崎が話し合ってるのも、お前に電話したのも」
「土方の身体を気遣ってんのも」
「うん」
「誕生日くらい休ませてあげようってのも」
「あァ、非番押しつけられたし」
「俺がこーんくらいでっかい愛で盛大に祝ってやろうと思ってんのも?」
「それは嫌ってほど伝わってますけど」

くす、と少し目を開けた土方が笑った。腰に回されて、土方の腹の上にある銀時の手を見つめている。
縁側からさしこんだ光が土方のまつげにあたって、綺麗だった。

「おめでとう」
「はいはい」
「なんかジミーむかつくからジミーの分も言っとこ、おめでとう」
「ありがとうザキ」
「ひでぇなァ俺にはありがとう無しですか」
「ありがとーございまーす」
「そう素直に言われると恥ずかしいんだけど、棒読みでもな」

どういたしまして、と子供のようなやり取りをして、そうだ今日は子供の日かと銀時はまた笑った。

「廊下行っておいで、副長室の前にずらっと行列だぜきっと」
「へぇ、寝起き早々盛られるかと思ったが」
「盛ってほしいのかよ」
「いや結構。…旦那はきっと一日中土方さんにべったりで離れませんって総悟が言ってたから」
「お前もそう思ってたんじゃねぇのー?」
「…正直、それをプレゼントとか言うんじゃねぇかなって思ってた」
「じゃあそれにしよう」

いい?と聞くと、今に始まったことじゃないとため息まじりに言う。それで満足らしい。俺も随分愛されてるなぁと、抱き寄せる腕に力が入った。

しかし今日は土方の誕生日、彼自身に幸せになってもらわないと意味がない。廊下には、土方を幸せにする言葉がたくさん待っているのだ。独り占めするのはしたいが、それは今日することではない。だから、と銀時は、土方の両脇に手を入れて立ち上がらせた。

「ハイ五分でおめでとう言われてこい、それ以上は銀さんのモンだ」

五分で終わらないことくらい、銀時だってわかっている。でも、そこで短い時間を言うのは、ちゃんと土方が好きだと伝えるため。

とんと土方の背中を押して、うながした。襖についた土方の白い手を見て、そのまま布団に押し倒してやりたくなったが、ここは紳士である彼氏として我慢だ。

「…ありがとう」

銀時、と振り返った土方が綺麗で、出ていく土方のうなじが白くて、笑った土方がとても嬉しそうで、頬が少し赤くて、途端に聞こえてくる副長副長の嵐がうるさくて。

あーもう、と銀時は布団に飛びこんでくぐもった叫び声をあげた。おめでとうが終わるまで待つと男前なことを考えたが、もう土方をかっさらって抱いてやりたくなっている。
山崎は土方のために最後の手段として銀時を頼ったが、頼られる銀時の方が土方無しではいけないのだ。呼ばれなくったっていつでも土方に会いに来るのに。最終手段となれば、使われる回数が減ってしまうのだ。
それなら最初から最後まで俺漬けになっちまえと、廊下から聞こえる土方の面倒臭そうな、しかし嬉しそうな声を聞いて、銀時はおめでとうともう一度つぶやいた。つぶやくと、好きやら愛してるやら、後から後からわいてくる。それは土方がたくさんの幸せを持って帰ってきてからゆっくりと言ってやろう。最終奥義は、そのためにあるのだ。





副長誕生日おめでとうございますううう大好きだああああ!これからもお幸せにィィィ!2012. 5.5
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