お話3

□現婚 -Utsutsu wedding-
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この男は、つくづく頭がおかしい、と土方はため息をつく。なにが悲しくて、こいつの隣でちんまり正座なんざしなくてはならないのだ。
それも局長室で。怒られているわけでもないのに。切腹を命じられた隊士はこんな気分なのかなぁと、土方は頭のすみっこで思う。隣の彼は、それこそ命をかけたような真剣な顔なのだけれど。

「おう、どうした」

山崎に呼ばれて局長室に帰ってきた近藤が、土方を見て目を丸くして笑う。

土方にとっては久しぶりの非番だ。天気もいいし、こんな"非番日和"に、それも昼間に、わざわざ屯所に来るとは。デートし放題じゃないか、と近藤が銀時に言えば、ならもう一日、いや一週間非番をくれと言う。
相変わらずな男だ。土方をこき使いやがって、と彼氏は牙をむく。

「実は、大切なお話がありまして」

結婚、と昨日、土方は言われて、気がつけば局長室に引きずられていた。
隣に座る銀時は、何を思ったか、例の着流しを着崩した格好ではなく、どこから借りてきたのかしらないが、上等と見える着物。
これは本格的におかしくなってきた、と土方の心臓はうるさくなるのだ。この男のすることだ、一旦走り出してしまえばもう後にはもどれない。

「私、おたくの副長さんと付き合っております坂田銀時でございますが」

なにがワタクシ、だ。近藤さんに敬語なんて使ったことないくせに。恥ずかしくてしかたがない。

ふっと、すぐ隣にあった銀時の頭が消える。ただしくは、畳にくっついている。

「副長さんを、お嫁にください」

彼のこんなに真剣な声も、めったに聞かない。

土方はなんだか居心地が悪く感じられて、畳に「の」の字を何度も指でなぞって気をまぎらわした。

「坂田さん、いくつか質問よろしいですか」
「ハイ、なんなりと」
「お料理なんかは、されるの?」

近藤も近藤で真剣な顔をしてこんなことを聞きはじめるのだ。幕府の連中の前でどんな話をしているのか、心配になる。

「ハイもちろん、土方の健康管理にだって責任をとります」
「お料理の常識、さしすせそってなにかご存じ?」
「さしすせそ…ちょ、ちょっと土方
、さしすせそってなんだ、"せ"はアレだろ、セックスだろ土方を料理しろってことだろ」
「近藤さん、コイツ卵かけご飯くらいしか作らねぇよ」
「なんだと!万事屋!貴様にトシはやらんぞ!」
「ゴリラてめぇ父役か母役かどっちかにしやがれ!あと俺は亭主関白が目標だから!飯は嫁がつくるものだから!」

ビシィ、と近藤を指さして銀時は吠える。その時点で婿失格だとは思うが。

だいたい、どうして大の男が、しかもその片方は天下の真選組のトップだというのに、こんなくだらないことで言い合っているのだろうか。
結婚なんて、バカじゃねぇの。土方はため息をついて、心のなかで毒づく。いくらゼクシィを読んだって、近藤さんの許可をもらったって、できねぇし。結婚なんて。バカ。嫌かと聞かれたら、嫌ではないと、自分の心は返すのだろうが。

「ゴリラじゃねぇ!相手の父親はお父さまと呼ぶのがマナーでしょうが!」
「お父さま十四郎くんを嫁にください!」
「お前にお父さまと呼ばれる筋合いはないぞ!」
「あぁもう面倒クセェな!」
「トシはウチの大事な副長さんなんですー隊士達の大事なお母さんなんですー万事屋なんてわけのわからない職についている男になんて渡しません」
「あーそうですか、でもなァ俺の方がその隊士さんたちより何億倍も土方を愛してるんですーここにいるよりむしろ万事屋の方が愛がいっぱいでいいんですーだから俺がもらっていきます」

あぁくだらない。不毛なやりとり。
でも、なぜか、不快ではなくて。

「っふくく…っげほ、ごほん」

ありもしない結婚が本当のことのように思えてきて、 目の前で攻防をくりひろげる二人がだんだん可愛らしく見えてきて、土方は思わず笑ってしまった。すぐさま口許を出で隠して何もなかったふりをする。

「あ、トシ笑ったな?なんだ、そんなにこの男がいいか、お母さんトシをそんな不埒な子に育てた覚えありません!」
「いやいや十分不埒な子に育ってるよもう、昨日なんかもえろいのなんのって―」

土方は大きく咳払いをして銀時の言葉をさえぎった。横目でぎろりと睨めば両手を上げて大人しくなる。

口を開けば好きだの愛してるだの、結婚しようだの、そうでなければすぐにえろいだのセックスだの。
なんでこんな男に引っ掛かったのかなぁと、土方は大きく息を吐く。
なんでこんな男に好きだなんて感情がわくのかなぁと。なんでこんな男に助け船を出してやろうかなんて思っているのかなぁと。

なんで、心は、こっそり喜んでいるのかなぁ、なんて。

「近藤さん」
「あっハイなんでしょう」

急に引き締まった表情をした土方に近藤も正座をする。

「…ここまで育ててくださり、ありがとうございます。…拾ってくれて、ありがとう」

唖然とする銀時の隣で、ゆったりと頭を下げた。

「トォォォシィィィお前いつのまにこんな立派な子に…!」

それを見て近藤が泣く。トシが言うなら仕方ないと近藤が嗚咽まじりにうなずいた。

「え、てことは承諾…?」
「幸せにしてやってくださいぃぃっう…うぅっ…」
「フン、俺ァ喧嘩だって結婚だって負けねぇ」
「えぇぇ計画的な犯行か!」

小さくブイサインで返す土方に、さすがは坂田銀時の嫁になる男だ、と満足そうに笑った。

「では改めて」
「なんですか」
「結婚しよう、一生幸せにしてやっから」
「…あぁハイハイ」

土方の左手薬指に唇を寄せた銀時がいやに男前で、ぶっきらぼうな返事しかできなかった。

「けっ…結婚成立したァァァ!!」

その瞬間局長室に襖を倒してなだれこんできたのは廊下で盗み聞きでもしていたか、隊士たちで。

「副長ォォォおめでとうございますううう!!」
「万事屋の旦那ァァ幸せにしてあげてくださいぃぃ!!」
「パーンパーンパパーン!パーンパーンパパーン!」
「ザキ、歌わなくていいから」
「じゃーんじゃーんじゃじゃっじゃじゃっじゃじゃーじゃじゃーじゃじゃー」
「総悟!歌うな拡声器やめろバカ!」

これだから結婚なんて嫌なのだ。たとえおままごとにしても。
収拾がつかなくなった隊士たちに脱力する土方の肩を優しくつつく男がいる。

「結婚おめでとう土方」
「…ご結婚おめでとうございます坂田さん」

むすっとした顔で、どうぞお幸せに、とつぶやくはずだった言葉は、銀時の口内へ吸いこまれる。
きゃァァっ!と女のような、しかし野太くて、まるで黄色くない隊士たちの歓声をバックミュージックに、土方はそっと銀時の着物の袖をつかんで、目を閉じた。ままごとみたいなもの、でも、こんなに嬉しいものか、とくすりと笑った。






***
あとがき

Hallさま、リクエストありがとうございます♪
結婚ネタは大好きです!お二人には本当に幸せになっていただきたいですね、いや、もう事実婚みたいなものでしょうけれども笑
銀土の結婚には江戸中から祝福がくればいいな、と妄想しております。垂れ流しすみません!汗
こんな感じに仕上がりましたが、いかがでしょうか…?受けとって頂けると嬉しいです(*´`*)

ここまで読んでくださりありがとうございます!
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