SSS

□Keep the change.
1ページ/1ページ

土方はあまり危機を感じていないみたいだ。
彼は空腹というものを知らないのだろうか。土方が、三食かかさずちゃんと食事をしている、ということを聞いたことがない。副長ちゃんとご飯食べました?なんて、あの土方大好きジミーが言うのはよく耳にするけど。

土方はやっぱり栄養失調なんじゃないかと、俺はときどき思うのだ。拒食症とかじゃなくて、単に食に興味がないというか、腹が減っていても何も食べようとしなくて、俺はとにかく心配だった。
腹減ってるだろ?と聞いても、あぁそういえば昨日から食べてなかった、といま思い出したってな感じに言いやがる。
きっと色が病的に白いのだって、貧血なんだと思う。俺と違って、ほんとに不健康。俺は貧しいなりにもすごく健康なんだけれど。
土方に言わせれば、「いつ死ぬかもわからねぇ人間が健康な食生活とか笑うわ」らしい。俺は笑い事じゃすませられない。

「さあ土方、食べてごらん」

だから、なけなしの金を彼のために使おうと思う。

「なんで、つか俺におごるとか、どういう風の吹きまわし」
「いいから、ほら食べるの」
「腹減って…あれ、減ってるっけ、」
「いつから食ってねぇんだ」
「うーん…」

ため息をつく俺の気持ちもわかるだろう?

「とりあえずひとくちいこう。なんなら俺があーんてしてやる」
「それは結構」

土方は俺が頼んだリゾットを、ふーふーしながらひとくち食べた。
いつものファミレスなら、俺が土方の金でガツガツと甘味を食べて、土方はのんびりとそれを眺めながらコーヒーをすする。
けれど今日は違う。俺の金で頼んだリゾットを土方が食べて、俺はそれを凝視している。土方が食べるのをサボらないように。

「あー…腹減ってたな…」
「だろ?だからいつも言ってんだろ、ちゃんと食えって」
「んー…」

親から叱られる子供みたいに、土方は目をそらした。

「いいか土方、食べるのは生きるのと同じなんだぞ。食わねぇと死ぬんだからな、俺はそんなの認めねぇから」
「…わかってるよ。忘れてるだけだ」
「生きんのを忘れんじゃねぇ。大事なことなんだぜ」
「むー…」

土方はふくれながら、ふたくち目を食べる。
紙幣は千円札が一枚。俺は財布をひっくり返して、じゃらじゃらと落ちてきた小銭を集めた。ほとんど十円。札を使うとして、リゾットの釣りと足せば、残りはしめて572円。

「土方」
「はいはい」
「土方、これでちゃんと食え」

テーブルのうえに広がった小銭に、土方は目を丸くした。

「俺は真面目に言ってんだ。お前に死なれちゃ困る。それで、なんでもいいから、食べるってことをしろ、いいな?」
「…でもお前の」
「そう、あくまでも俺の金だ、これは食いもん以外に使うのは禁止。約束な。そしたら、ちゃんと食えるだろ?」

土方は視線を落として、しばらくしてからぼつりとつぶやいた。

「…解決だ」
「なにが」
「俺がこんなにぼんやり生きてて、生きのびてるのは、たぶん、…お前に生かされてるからなんだ」

どうしてかわからないけれど、大した話でもないのに、その言葉は心に入って、重く底のほうに沈んでいった。
俺の仕事は、万事屋の他に、もしかしたら彼の寿命をのばすことなのかもしれない。ありとあらゆる手で。

「お釣りはどうしたらいい?」
「これをただの小銭と思うな土方くん」
「はあ?」
「これはライフラインだ。生命線ってやつ。お前の命綱だよ。お前はしっかりこれに捕まって、生きのびるの。だからお前は食うこと以外は考えなくて大丈夫。俺はそこまで貧乏じゃない。まだお前を生かせられるからね。了解?」
「…了解」

土方は小さく返事をして、スプーンを動かし始めた。黙って食事をする土方は、確かに生きようとしている。





釣りはいらないよ。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ