SSS
□怒ります。
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五年も支えてきたボスに捨てられたんだぞ!
「はあ、そりゃお気の毒に」
土方は自分にじりじりと寄ってくる、というか、すがりついてくるようにも見える男に、ため息をつく。相手は銃を片手に回しているから、結構危ない人間なのだけれど。
真選組は街中の見回りをするが、それはお悩み相談のためじゃない。夜中のかぶき町は、もちろんガラの悪くていかにも犯罪者といった人間もうろついているが、そのなかにはこういった訳のわからない相談者もいるらしい。
酔っぱらっているらしい男は、土方を壁ぎわへ追いつめてから動かない。どこかの店で慰めてもらっていたのだろう。そしてそこの店からも追い出されたか。
「なあ、お前を人質にとったらさ、みんな見直してくれるかな。真選組の制服だし」
「いやあそれはちょっと」
「俺は腕はいいんだ、ほんの少しミスをしただけで」
「あらまー」
土方はべつのことを考えていた。確かに男は銃を持っているうえに酔っぱらっていて危ない。下手に刺激すると土方が刀を抜いたって無傷では済まないかもしれない。だがそれより。
ここが彼の管轄下だということ。ここで起こったことは、そう時間もたたないうちに気づかれる。
特に、彼のマーキング済みのものが絡んだときには。…特に土方が関係するときには。
「おにーさん悪いんですけど、俺こうみえて結構えらい人なんで、ちょっと離れてもらえます」
なまぬるい風が頬をなでる。
少し、嫌な予感。
「…つかお前、なんか、よく見ると綺麗だな」
「あの、聞いてます?」
「俺と遊んでみねぇ?警察で遊んだっつったら、きっとあの人も驚くだろうし」
「なんでそうなんだよ…てか、そろそろ本気で逃げた方がいいと思うぞ、たぶん近くにいる」
「なにィ?俺とお前、どっちが優勢かわかってんのか?」
横目で周囲を見る。
それは獣が草むらで獲物を狙うかのように、ひっそりと、ゆっくりと。
ここは、彼の縄張りだ。
「なにキョロキョロしてんだ?なあ、俺とどっか洒落こもうぜ」
腕をつかまれる。
瞬間、風がふく。殺気といっしょに。
土方ができるのは両手をあげて大人しくしておくことだけ。
「…テメェ」
土方は肩をすくめた。
正直いって、怒った彼は苦手だ。怖い。ものすごく。恐ろしい。
向けられていない殺気が、土方のほうまで滲んでいるのだ。それにさえ震え上がってしまうのだから、実際胸ぐらをつかまれている男は、さそがし気を失ってしまいそうになるほどの恐怖を味わっているのだろう。男の手からはとっくに銃が落ちていた。
「俺のに手ェだすつもりか、あァ?」
ひぃぃ。
土方は半歩、後ろへ下がる。相当、お怒りのようで。山崎が土方を見て青ざめる気持ちが、少しわかった気がする。
「勝手にヒトサマのモンに触るんじゃねぇよ、なあ?」
土方がつかまれたのと同じところを、彼もつかんだ。男の腕から嫌な音がして、思わず「いったっ!」と土方は声をあげた。
慌てて口に手をあてて、もう半歩後ろへ。いやいや、今のは痛いだろう。
「わかったらもう金輪際ここに来んな。消えろ」
ドスッと鈍い音といっしょに彼の蹴りが男の腹に。
震える声をあげながら這いつくばって逃げていく男に土方は心のなかで手を合わせた。わかりますその気持ち。俺もこの人が怒ると怖いんです。
「…土方」
ゆっくりと振り返る、坂田銀時。殺気は消えているが、妙に落ち着いているのが怖い。
「…すいませんでした」
「あのねぇ、かぶき町なら俺がいるからいいけどよ、よそでそんな呑気に見回りしちゃだめだよ」
「…以後気をつけます」
「俺、お前が怪我するようなことあったら怒るぞ、ものすごく」
いや、もう怒ってますよねぇ…?とは言えない。
たまに土方に見せる独占欲は、ありがたいものなのかもしれないが、かなり面倒なときが多い。銀時はやたらに強いから余計に。
今のだって、被害者の土方から見ても、銀時が一方的に男を締め上げているようにしか見えない。警察としてなら、間違いなく銀時を捕まえる。怖いからそんなことしないけれども。
「帰るぞ」
差し出された銀時の手はとらずに、土方はゆるゆると彼に抱きついた。さっき見た坂田銀時って人が、超怖かったんです。本人に背中をさすられるのも変な話だが、怖いものは嫌いだ。すっかりいつもの恋人にもどった銀時の匂いをすって、土方は目をとじる。
うーん、真選組の副長が、恋人に怒られるのが一番怖いというのも、どうかと思うが。沖田あたりにバレると、いいように利用されてしまいそうである。
親に叱られて改心する子供のように、土方はぐすっと鼻をならした。