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□綺麗な人
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土方さん目当ての旦那と、これまた土方さん探しをしている俺は道端でばったり出会って、しばらく一緒に歩いていた。屯所にはいないことを伝えると、そりゃ残念、とか言って旦那は辺りを見渡す。もう夜も遅くて真っ暗だから、ここは土方さんセンサーに頼ろうか。
討ち入りは明日だ。土方さん、日にちを間違えて一人でうろちょろしてるんじゃないだろうか。旦那が隣だから、もしどこかでくたばってやがったら、俺が八つ当たりされそうだ。めんどくせえ。
「…あ」
旦那が声を出した。もう発見か、お見事。
旦那の目線の先で、一瞬きらりと何かが光った。刀?あれ?討ち入りって今日だっけ。きつい匂いもしてきた。
「…なあ、副長さんよ」
二人で路地裏を覗くと、土方さんはこっちに背中を向けて、一人の男と対峙していた。喧嘩でも売られたか。たぶん攘夷派の奴、ここらに落ちている死体の頭だろう。仲間を斬られてヘラヘラできるくらいには、狂ってやがる。
赤く濡れた刀を一振りして、鞘におさめた土方さんは、余裕をかまして、両手をポケットに入れた。ああ、俺があの敵だったら、今の一瞬を逃さなかったのに。あいつは斬られるな。土方さんはそんなに強くもねえのに。
「…そーかよ」
土方さんは怒ったらしい。あの人は年がら年中怒っているが、今日は、俺が知るかぎり、今までで一番の怒りらしかった。
「ああ?だから、アンタの相手をしてくれる奴はどこにでもいるだろうよ」
土方さんが大きく息を吸ったのがわかった。
「どうせそこらのろくでもねえ奴と遊んでんだろう?ならどっかのお偉いさんとでも楽しくやりぁいいのによ、副長さんといえども、頭悪いのなァ」
「……」
「あの副長が男に足を開いてるって、俺たちの間じゃあ結構話題だぜ。それも幕臣じゃなくて、名前もわかんねえような、くだんねえ奴に」
どうだ、俺といっぺん遊んでみるか、だって。隣からすごい殺気を感じる。目の前にその副長さんの彼氏とやらがいるのに、命知らずなことを言いやがるもんだ。
土方さんが一歩前へ出た。男に近づいていく。
「おー、近くで見ると別嬪じゃねえか、そいつもイイ趣味してやがる」
「…そうだな、確かに面食いだ」
土方さんが鼻で笑った。コンマ一秒おいて、血が弾けた。俺でもよく見えなかったから、斬られた本人はもっとわからなかっただろう。刀は抜いた瞬間が一番威力があることを、土方さんはよく知っていた。
大きな音を立てて倒れた男の肩にその刀が刺さって、土方さんが馬乗りになる。
「…俺の相手がなんだって?」
赤くなった手がゆっくりと首に伸びる。
「…もっぺん言ってみろよ、そこらのくだんねえ奴って」
なぶるように、死に切れなかったそいつの首を締めていく土方さんは、旦那を笑われたことに腹を立てているみたいだった。
男から、ひゅ、ひゅ、と変な音がする。肺にでも穴があいているのだろうか。男も、土方さんも、血まみれだった。
「土方」
それまで黙りこんでいた旦那が口を開いた。弾かれたように振り返った土方さんが、目を見開いて、怯えた表情をした。俺たちには気づいていなかったらしい。
確かに、人を殺めているところを恋人に見られるのは、いい気はしないだろう。今回は特に、執拗に苦しめているわけだし。
旦那はゆっくりと近づいて、返り血でぼとぼとになった土方さんを引っ張ったが、彼は手を振りほどいた。手首が、血でぬめっていたから、旦那の手は滑って離れる。
土方さんがこだわるらしいから、俺はそいつを蹴り上げて、遠いところに飛ばした。今ので間違いなく、くたばっただろう。土方さんの刀も転がる。うわ、きったねえ。我を忘れて恐ろしい行動に走った姿を、よりにもよって旦那に見られるなんて、気の毒だ。
「土方、こっち見ろ」
旦那は座りこんで、今度は強引に、土方さんを腕のなかに閉じこめた。
「…大丈夫。いい子だから、落ち着け」
旦那は優しい声で言った。やっと大人しくなった土方さんが、喘ぎにも似た、小さな声を上げた。
綺麗だと思った。
死臭がして、一面真っ赤だったけれど、俺にはその二人が、酷く綺麗なものに見えたのだ。
土方さんの幸せを願う日がくるなんて、思いもしなかった。