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□ちょっとそこまで
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「げ、」

うそだろ、なんてつぶやいてみても返事はなし。そりゃそうだ、当の本人はとっくに家を出たから。
机の上に置きっ放しのお弁当をつっついて、俺は少し、いや、すごーく、迷っていた。

銀時のお弁当は、俺の仕事だ。会社には食堂があるらしいが、彼は頑固なくらいにお弁当派だ。まあ、別に苦ではありませんけど。

料理は学生時代からよくしていたから、得意分野のはずだ。逆に、学生時代から俺のご飯ばっか食べていた銀時は、何でもかんでもいっしょくたにして炒めたらいけるだろ、みたいなデンジャラスな物しか作れない。
ちなみに、彼と出会ったのは大学で。いきなり求婚されたのも大学で。冗談だと思っていたそれが現実になったのが大学卒業後。
後から知ったことだけど、銀時は何年かダブっているらしくて、本当は俺よりずっと先輩だったんだと。
で、将来有望(周りの人いわく)な俺は結局無職で、ダブりまくりの銀時が就職。変な話。

「…なんだっけ、かい、…快援隊…?」

地図ってどこに置いたっけ。電車に乗って徒歩十分?うーん、緊張する。
流通業みたいな会社だと言っていた。アマゾンとか、楽天とか、そんなものだと。だから時々ホームページでふりふりのエプロンとかを出して俺に見せて、頼もうかなとか言って喜んでいる。頼んだことはないけど。
隊とかいうから、最初はどっかの軍隊に就職したのかと思ってびっくりした。初めて見たスーツ姿にもびっくりしたのは言わないつもりだ。

で、どうして会社なんかに行かなきゃいけないのかというと、お弁当だ。忘れて行ったのだ。こんなベタなことがこの世にあっていいのだろうか。わざとやってんのかな。
でも、あの人は会社に着いて忘れ物に気づいたその時から、俺が持って来るとばかり思っているのだ。で、うきうきしながら待っているのだ、きっと。ああ、はいはい、持って行きますよ。持って行きゃいいんだろ。

「…さ、坂田銀時って、いますか」

地図のコピーを片手に、大きなビルへ。本当にこんなところで、あの頭の中が俺でいっぱいの男が働いているのか。ひょええ…。
パソコンをがちゃがちゃして、ご案内します、と笑って下さった受付の人。この人もたぶん、いいとこの出の人なのだろう。うちの坂田さん、変なマネしてませんよね?少し心配になる。

「坂田さん、お客さまです」
「坂田ァ?あー今出てったぞ」
「お待ちになります?」
「あ、はい…」
「ではこちらに…失礼いたします」

いろんな機械と書類が置いてある部屋に通されて、端っこにあった椅子に座って待つことになった。
すごく、居心地が悪い。俺は普段なんて平和な空間にいさせてもらっているのかと、ちょっと感謝の気持ちがわいてきた。会社というものは、こんなものなのだろうか。俺も彼と出会っていなかったら、今頃どっかで働いていたのだろうけれど。

「…へェ、なるほどな」
「うわっ」

お弁当袋の紐をいじっていると、近くで声が聞こえた。驚いて顔を上げると、眼帯をした男が至近距離でこっちを見つめていた。

「噂の奥方か?」
「ああ、こっちこいよ、ヅラ」

今度は奥から長髪の男。え、長髪オッケーの会社って、どうなんだ。最近はそういうのも認められているのか。

「おー、これはこれは…」
「銀時もいいモン見つけたな」
「…あの、さっ坂田銀時と、お知り合いで…?」
「ああ?そりゃそうだろ、同僚なんだから」
「あっ、そっか…そうだよな…」
「高杉の見た目のせいだろう、すまんな、こんな怖い男が話しかけて」
「ロン毛も大概だろ」
「いやいや、眼帯も流行らんぞ」

ファッションなのか、その眼帯は…。
早くお弁当を渡して、早く帰りたい。やっぱり慣れない場所は苦痛だ。

「ただいまー」

銀時か、と思ってドアの方を見ると、グラサンをかけた大柄な男が一人。どこかで顔を見たことがあるような、ないような。

「…あ!」
「あ?」
「あっアンタ…!」
「なんだァ?坂本、銀時の嫁とお知り合いか?」
「いいや?こがな美人に会っとったら口説いてるはずじゃけんど」

違う違う、お知り合いではなくて。この前テレビで見たのだ。注目の若手社長。ガイアの夜明けじゃなくて、ええと、ソロモン流でもなくて。

「ずっと探してーいたー」
「ああ、プロフェッショナル?」
「そうですそれですっ」
「あれな、金時も出たらよかったがに、休日出勤は絶対嫌だってゆうてな」

らっきょ係がどうのってゆうてた、何か知っちゅうか?と笑った。心当たりのある俺はそれに愛想笑いをして、握手をしてもらった。有名人と握手なんて初めてだったから、少し嬉しかった。ここまで来た甲斐があるってもんだ。

「はー疲れたー」
「銀時、奥方がお見えだぞ」

ドアが開いて、今度こそ銀時が入ってきた。気づいた銀時は俺を見て、だんだん目を大きくさせていく。

「十四郎、お前…はっまさか!まさかまさかおおおお弁当を!?」
「え、あ、はい」
「きっ…キタァァァ!!」
「え?」

飛びあがった銀時はそこらじゅうを走り回って、最終的に俺にダイブして落ち着いた。とっさにお弁当を近くの机に避難させたことは評価してほしい。

「ほんと、ほんとにありがとうな!会社にお弁当とか、夢に見たシチュエーション叶っちまって、俺、俺もうどうしよう」
「わ、わざと置いてったのかてめえ!」
「いいえ!たまたまです!」

必死の形相の銀時、まあ、今日のところは若手社長との握手に免じて許してやろう。

「お、そうか金時の嫁か、いい嫁をもろうたな!」
「だろ、自慢の嫁さんだ。この前もな、」
「あー聞いた聞いた。今朝聞いたからもう嫁自慢は」
「んだと高杉!そうかアレだな、俺がうらやましいんだな」
「俺は貴様の頭の中がおめでたいことが一番うらやましいがな」
「なに?あっヅラてめ、人妻好きだからってウチの嫁さんに手ェ出すんじゃねえぞ」
「そうか、人妻か…」
「あくまで俺の妻だからな!金曜日の妻、いや金スマ…いや銀スマだからな!」

会社の同僚というにはあまりにも仲がいいし、なりより社長を交えてぎゃーぎゃー騒ぐなんて。ここって、もしかして、幹部とか、そういう偉い人たちが集まっている部屋なのだろうか。
ぽかんとしていたであろう俺を見て、銀時が笑った。

「ああ、俺たち、幼馴染なんだよ。で、実は俺、結構お偉いさんよ?実力派ってやつ」
「…ええええ」
「嘘じゃねえから!そんなびっくりすんなよ!」

もしかしたら俺は、とんでもない人のお嫁さんになってしまったのかもしれない。実力で若いうちから上に立てる人に、そんなすごい人に嫁いでしまった。
俺の話を会社でするように、もしかしたら、本当は、普通のお嫁さんの話をして、子供でも生まれたら、また自慢話をする、そんなはずだったのかもしれない。

俺じゃなくて、会社にいっぱいいた、いいとこのOLさんだったら。今頃家に、銀時が好きな、子供がたくさんいたら。ふりふりのエプロンを嫌がらずに着てみせる人だったら。お弁当を忘れないように、カバンにいれてあげられる細やかな人だったら。

「…なあ、十四郎」

ぼんやり突っ立っていたら、いつの間にか静かになっていて、俺の頬をするっと撫でた銀時以外の三人は、仕事にもどっていた。

「今日の晩ご飯なに?」
「…え?」

身体が温かくなった感じがした。
晩ご飯、ええと、昨日注文を受けた、ハンバーグ。

「晩ご飯って、お前、まだ昼も…」
「俺、お前のご飯好きだからさ、楽しみで」

『今日のご飯なに?』
よく口にするその言葉が、俺をどんなに安心させているか、この人は知らないのだろう。たかがそんなことで、俺はちゃんと必要とされてるだなんて、いちいち喜んでいることは。
急に嬉しくなって、スーツ姿の銀時に、──結構気に入っている、しゃきっとした彼に、抱きついた。

「ん?なーに、十四郎くん」

優しい声といっしょに銀時の腕に包まれて、それも嬉しかった。

「まっことに仲がええのう」

社長さんに見られたっていいのだ。眼帯の人に口笛を吹かれたって、ロン毛の人に写メをとられたって。もうここにはしばらく来ないだろうし、俺が坂田銀時のお嫁さんであることは、今も、この先も、たぶん間違っちゃいないだろうから。

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