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□多串くん
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もうすっかり全身から感覚というものは消え去ってしまっていた。寒い。でも、頬に触れるのは生温いもの。誰のかな、俺のかなあ。少し固まった血液は、ねっとりと絡んでくる。しつこい感じが、あの男に似てる。ちょっと笑えた。

生きているのは俺だけみたいだった。たぶん。視界に入っているのは投げ出された俺の手だけ。いつも白いって言うけれど、ほんとだ、結構白い。爪なんて変な色になってきている。ああ、まだ見えるから、死にやしない。
大丈夫だ。

大丈夫、もう少しだけ、我慢するんだ。痛くない。死なない。大丈夫。

「──大丈夫だ土方、大丈夫だ、多串くん…」

多串くんって、初めて口にした気がする。たぶん声には出なかったけれど。
変な名前。大丈夫。多串くんの正体をつきとめるまで、絶対生きてやる。ひゅーひゅー鳴るんじゃねえよ、俺の喉。

「…息をしろ、多串くん」

ほら、生きろよ多串くん。ちゃんと声出してしゃべれよ。ほんとは土方十四郎だって、名前呼べって、あいつに言ってやれよ。意識飛ばすな。耐えろ。ここでくたばったら近藤さんに迷惑だぞ。遺書とか用意してないんだし、まだ総悟の書類も終わってないんだぞ。

「…こら、多串くん、起きろ、ばか」

ちきしょう、視界がおかしくなってきた。ちょっとはがんばれよ。
なに弱気になってんの、大丈夫だって、ここまで派手にやったんだから、誰か気づくって。って、結局、人頼みかよ鬼の副長。見て見ぬふりは人様の得意技だぜ。おいおい、俺だって人間だ、このままじゃ──

「…い!オイ土方!聞こえてるかっ!ちゃんと目ェ開けてろ!俺だ、わかるな!」

ほら、思った通りだ、俺は死なない。念願の救助だ、喜べ。

「もう大丈夫だ。よく頑張ったな、土方」

なに怖い顔してんだよ。多串くんって、言ってみろよ。つーか誰だよ多串くんて。

「…ぎん、ぁ、…多、ッ…ぐしくん、て、…だれ」
「なに言ってんのお前、なに言ってんの、なに言ってんだよ、しゃべんなよっ…!」

あれ?なんで、お前が泣く?ほんとに、面白い人だなお前は。
身体が浮く。救急車に乗せられたのか。で、お前もついてくるんだ。なに、保護者ってこと?ひでえ顔。汚い手だけど、握ってくれてどうも。

「…っば、か…いっ…生きる、よ」
「あたりめえだ、死なせるかよ」

お前の手、温かくて、好きだな。よかったじゃねえか、これが俺を好きでいてくれるんだってさ、土方十四郎。これじゃあ死ねないな。

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