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□見えない壁
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俺がさっきまで使っていたミントンセットを副長がキレて蹴り上げたせいで、ラケットと羽は屯所の屋根の上に飛んでいった。そして今、屋根の上にのぼって捜索中だ。
ラケットはすぐに見つかったけれど、羽がまだだった。飛ばしたのは俺だから、と変に律儀な副長も一緒に屋根の上で探してくれている。

──ブルルル…
不意にバイクの音が聞こえた。平日昼間にバイクの音なんて世界中に溢れているだろうけれど、なぜか俺は旦那を連想した。

「あ、あったぞ、あそこだ」

羽は屋根の端っこの端っこに引っかかっていた。斜めになって安定しない足元でも手を伸ばそうとする副長に、危ないから俺がやりますと声をかける。

「だれが落ちるかよ」

無事に羽を手にした副長は、笑ってそれを俺に投げてよこした。後は下りるだけだ。
副長の手が空に伸びたのは、もう少し安全な所に移動しようとしたのか、彼が右足を踏み出した時だった。

「ふ、くちょ──!」


青い空を背景に、副長がスローモーションで後ろへ倒れていく。足元の瓦が崩れたのだ。屋根から落ちたといっても高さはしれている。体勢を立て直せば、副長くらいなら軽く着地するだろう。
それなのに、太陽の光をいっぱいに受けた彼は、まるでその晴れ渡った青空を楽しむように、仰向けのまま倒れていく。

綺麗な笑顔、優しく細められた目と、緩んだ口元。
俺はその一瞬の美しい光景に、全く身体がうごかなかった。そして、静止した副長は一気に落ちていった。

「副長ォォッ!」

屋根に四つん這いになって慌てて下を覗く。あのまま頭を打っていたら大変なことになる。が、そこに大変なことになっている副長はいなかった。

「オイオイ土方、危ねえだろうが!ったく、空から落ちてくるなんて聞いてねえぞ、親方に報告しないといけなくなるだろうが」

そこには落下した副長を抱いた、万事屋の旦那が座っていた。
副長は、もしかしたら、あのバイクの音で、旦那がここに来ることはとうに知っていたのかもしれない。
あの時何もせずにただ落ちていったのは、旦那が確実に副長を受け止めることをわかっていたからか。それにしては、随分、信頼が必要で、向こう見ずな行為だ。

「大丈夫か、どっか打ってねえ?」

旦那が副長の前髪を整えながら言うと、副長は、ふふ、と小さく笑った。

「遊んでただけみてえだ、ジミー悪かったな、びっくりしたろー」
「いっいえ…副長が無事なら…」

俺は安心したはずなのに、なぜか下におりることができなかった。何か見えない壁のようなものが、俺と二人の間にあるように思えて仕方なかった。
副長を護るなんてこと、俺は常日頃から心がけていたのに。旦那との違いをまざまざと見せつけられて、俺はやっぱりうごけなかった。

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