sss2

□武州にて
1ページ/1ページ

竹刀が打ち合う昔よく聞いた懐かしい音のする屋敷へ、土方は迷うことなく入っていく。靴はそこでいいから、と振り返る彼。ここが土方ゆかりの場所、であるらしい。
どういうわけでここへ来ようと思ったのか知らないが、俺の知らない土方がまだまだたくさんあったというのは確かだ。
思い出の場所に連れてきてくれたということは、お付き合いがより進展したと考えてもいいよな?ちょっと嬉しい。

「ふうん、まだ門人がいたんだな」

道場の入り口にもたれて中を眺める土方がつぶやいた。

「お前もここで?」
「…ああ。ちっせー道場だろ?」
「大出世じゃねえか、あの人たちに気づかれたら大騒ぎになるんじゃねえ?」

俺の言葉にふふ、と小さく笑った土方は機嫌がいいらしい。道場を後にして、奥に進んでいった。ギシギシと床が鳴る。屯所と似たような感じの屋敷だけれど、それよりかなり古い。

「あ、なんだそのまんまじゃねえか。片付けんのがめんどくさかったのかな」

部屋の一つに入った土方が、珍しくはしゃいだ声をあげた。よそ者がお邪魔するのは気が引けたけれど、土方が早く早くと手招きするのでゆっくりと入っていく。
机、傷だらけの竹刀、なにかの置物、額縁に入った書、筆と硯。何もかも土方にとっては思い出深いものらしい。懐かしそうに眺めている。
どこからか差し込んだ光が部屋の埃をぼんやりと浮き上がらせていた。

制服姿の土方がそこにいるのは今日が初めてなのだろう。それに立ちあっているのが俺というのも変な話だ。ここには全く関係のない人間なのに。

「これをお前に見せようと思って」

土方が指さしたのは、柱だった。正確には、柱に彫られた、名前。
それは初めて見るものと、俺の知っているものと。

「総悟って、はじめこんなだったんだぜ、信じらんねえだろ?」
「…へえ」
「これが俺ので、あ、そうだ。これ、原田も結構でかいんだよなあ」

俺はどうして土方と出会ったのだろう、なんて疑問がでてきた。だって、この部屋には俺なんてものは存在しなかったから。土方の周りには、あのうるさい連中がずっと昔からいたから。
俺との付き合いなんて、それに比べたら本当に少しだ。そんなことは前からわかっているが、焦りに似たものを覚える。

「それで、その…なあ、そこ、立てよ」
「え?」
「天パの分カサ増ししてやるから」

ごそごそとその辺から彫刻刀を掘り出した土方が、俺を柱に追い詰めた。俺を身体ごと柱に押さえつけて、名前を彫っている。
坂田銀時という文字が、この何の関係もない、全く知らない屋敷の柱に刻まれる。土方の手によって。それを知っているのは、たぶん俺と土方の二人だけだ。

まさか土方のテリトリーに入れてもらえるなんて、近藤勲の文字の下に俺の名前が入るなんて、これがずっと残るなんて。
なんだか我慢ができなくなって、目の前の身体を思いきり抱きしめた。

「こら、まだ銀までしかできてねえ」
「…うん、ちょっと待って」
「なんだよ」
「いや、…なんかすごく嬉しくてさ」
「…お前の考えてることって、ホントよくわかんねえけど」
「うん」
「お前も俺の、…俺がいまどんな気持ちかなんて、お前にはわかんねえだろうなあ…」

耳元で土方が笑った。

「なに、どんな気持ちなわけ」
「うーん…なんだろ、うっかり泣いちまいそうな気分」
「なんで」
「さあ、…江戸にもどっても、これが残るんだなーって、思うから?お前忘れてるだろうけど、前にお前んちの柱にも名前書いたんだぜ」
「ああ、そういやそんなこともあったな…それで、わざわざここに?」
「なんか急に見せたくなって」
「お前がこだわるのも珍しいな、万事屋の柱のこと覚えてたとはなあ」
「笑われそうだから言いたくなかったんだけど」
「うん」
「俺たちが死んだ後にあれ見つけた奴、どんな顔すんだろうって、ハートとかついてやがるってびっくりすんのかなって…あ、ほら笑った」
「笑ってねえよ、嬉しがってるだけだ」

竹刀の音の他には何も聞こえない静かな部屋で、俺と土方はしばらくそのままくっついていた。あとでお前をここの奴らに紹介するよ、と土方が腕の中で言った。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ