ORIGINAL NOVEL

□憧れの人
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『憧れの人』


僕にはデビュー前から憧れてる人がいた。

練習生時代の大変だった時のことをTVか何かで観たときに、『ああ、この人は本当に歌うことが大好きなんだな』って思った。

そして歌声を聴いた瞬間に全身に鳥肌が立ったことを今でも覚えてる。

僕だって歌やダンスを本気でやりたいと思っている1人だったから、たくさんの歌がうまい人を知っていたけど、彼の存在は特別だった。

一瞬でファンになった。

いつか彼に会ってみたいと思うようになっていた。

それなのに…僕がデビューをした頃には、彼のいたグループは2つになり、別々の道へと歩き始めていて、会うことさえ叶わなくなっていたんだ。

そんな時、彼がサッカーを一緒にするメンバーを探してるという話が舞い込んできた。

僕のいるグループの中には、サッカー好きが僕を合わせて3人もいたから、チャンスだと思った。

すぐに連絡を取ってもらえるようにマネージャーに頼み、メンバーのドゥジュンとヨソプにも声をかける。

もちろん、2人ともすぐにOKの返事をくれた。

こうして僕たちは彼の所属するFCMENの選手として仲間へ加わった。

初めての顔合わせの時、僕は緊張で身体中に力が入っていて、笑うことさえうまくいかない。

他のメンバーも一緒にいるのに話にも入っていけずに、ただ目の前にいるあなたへ時々視線を向ける。

自己紹介の時間が始まって、それぞれが思い思いに話をする中で、ゆっくりとあなたの視線が話している一人一人の姿を捉えているのを感じて、ふと僕と視線がぶつかった。

『じゃあ、次は君…』

『あっ、はい。イ・ギグァンです。BEASTのメンバーです。歌とダンスが好きで、サッカーも好きです。よろしくお願いします』

『君がBEASTのイ・ギグァン? サッカー上手いんだってね! よろしく頼むよ』

『は、はい! よろしくお願いします』

勢いよく返事をしながらお辞儀をすると、『元気があっていいね』ってあなたが天使のように笑った。

僕は、恥ずかしくてつい顔を逸らしたけど、その笑顔が頭から離れない。

ずっと憧れてた人が僕に向かって話しかけてくれて、笑ってくれた。

それだけで、この時の僕は舞い上がっていた。


*************


何回か練習に参加していくうちに、あなたがすごく人懐っこくて分け隔てなく人と接しているのを感じていた。

僕にだって同じ。

まだ会って数回だというのに、本当にずっと仲が良かったみたいに話しかけてくれたり、笑いかけたりしてくれる。

最近気づいたのは、あなたの人との距離の近さだ…

肩がぶつかってまいそうな距離にちょこんと腰を下ろしたかと思うと、グイッと顔を近づけてきて耳元で話しかけてくる。

時々ふわりと掠める息が僕の胸をドキドキさせることに、あなたは気づいてるのかな?

『ねえ、ギグァン…』

『ジュンスヒョン、どうかしたの?』

『喉乾いた』

『へっ?』

『それ、少しちょーだい』

『えっ、でも…』

『いいじゃん…ねっ?』

小首を傾げて問いかけられたかと思ったら、僕の持っていたペットボトルをひょいっと取り上げて自分の口へと運び、ゴクゴクと飲んでいる。

間接キス…だし…

『あーっ、おいしー! ありがとっ』

口の中へ入りきらなかったスポーツドリンクを手で拭いながら、ペットボトルを手の中に戻されて、僕はそのペットボトルから目が離せずにいる。

『何でそんなにボーッとしてるの?』

『あっ、いえ、別に…』

『そう?』

『はい…』

覗き込むように聞かれて、思わず顔を逸らしながら答えた僕に、心配そうに声をかけてくれるけど、本当のことは言えるわけがない…。

まさか自分が、あなたに対してドキドキが止まらないなんて…

憧れていた気持ちとは何かが違う…

そのことに気づき始めていた。

『さっ、練習しよ?』

サッと立ち上がり僕に向かって右手を差し出してくるから、しっかりと手を握りしめて立ち上がる。

二人でみんなのいる場所まで駆けていくと、すぐに練習が始まった。

あっという間に輪の中心で楽しそうに笑う声が響いてくるから、視界から消えてもすぐに見つけてしまう。

グラウンドのどこにいても、僕の目にはあなたがちゃんと映ってる…

練習なのにいつでも全力で誰よりも先頭にたって駆け回りながら指示を出す。

決して手は抜かない。

本番さながらの練習メニューをこなし、みんなと同じように、いやそれ以上にやってのけてしまうから、僕もついていくのに必死になるくらいだ。

この人のどこにこんなスタミナがあるんだろうっていつも思う。

だけど、そんなあなただから目が離せない。

『イ・ギグァン、行くぞー』

あなたの位置を確認すると、僕はボールのコースへ向かって全力で走る。

狙ったコースへとボールが吸い寄せられるように飛んできて、足をめいいっぱい伸ばしてボールをキープした。

ゴールめがけてボールを操りながら、最終コーナーまで来ると、ゴール前にあなたの姿を見つける。

『こっち!』

片手を挙げてパスを待っているあなたに頷くと、ボールを蹴った。

きちんとあなたへ繋いだボールは、見事にゴールへと一直線!

『ヤッター!』

ゴールを決めたあなたへメンバーが駆け寄る。

僕も走っていくと、『ナイスアシスト!』って頭をクシャクシャってされて、勢いよくハグされた。

どくんどくんと脈を打つ胸…

『さっ、もう1点取るよ』

『よし!』

大きな掛け声に、大きく答えると、僕たちはまたグラウンドでボールを追いかける。

練習のはずなのに、試合みたいな感覚に、いつしかそこにいた全員が夢中で汗を流していた。


*************


少しずつ慣れていたはずだったあなたとの距離感。

それなのに、最近またうまくいかない…

それはきっと、自分の中にある感情に気づいてしまったから…

僕よりもずっと大人なのに心は純粋で、小さな子供みたいに負けず嫌いで、だけど誰に対しても礼儀正しく真っ直ぐに向き合える。

そんな姿を知っていくうちに、自然とあなたに惹かれていた。

今日は、FCMENの試合の日。

少し早めに会場へ到着したら、もうすでにあなたの車が停めてあって、僕は急いであなたのいる控え室へと向かった。

ートントンー

何となくノックをして様子を伺っていると、すぐに『はい』と返事が聞こえてきて、ゆっくりとドアを開ける。

『おはようございます』

『ギグァン、おはよ。ノックなんてせずに入ってくればいいのに…』

『まあ、一応…』

『こっちおいでよ』

ドアから顔を覗かせると、ニッコリと笑顔で自分の座っているベンチの空いている隣をポンポンと叩いてる。

迷うことなくあなたの隣へ足を進めると、スッと腰を下ろした。

『久しぶりだね、ヒョン』

『ちょっとね、ツアーとかで忙しかったから』

『ほとんど練習できてなかったんじゃない?』

『うん…まあね。ギグァンは?』

『僕は、メンバーとそれなりに』

『そっか。じゃあ今日は練習できてないヒョンのフォロー頼むよ』

『も、もちろん! 任せて』

『おっ、頼もしいじゃん…』

まただ…

まるで弟を可愛がるみたいに目尻を下げて微笑みながら、髪をクシャクシャって撫でてくる。

初めの頃は近づけたと思って嬉しかったはずなのに…

『僕は…』

『どうした?』

『ううん…何でもない』

『ふーん…』

思わず口に出してしまいそうになった言葉を呑み込んだ二人の間に、ちょっとした緊張感が漂う。

ふと視線を感じて目線を上げると、ジッと僕を見つめてるあなたがいた。

『ジュンスヒョン…』

『久しぶりに会ったのに、お前は嬉しくないの?』

『なに…言ってるの?』

『どうなの? 僕に会えて嬉しくない?』

真っ直ぐに僕を捕らえたままの瞳は、今にも吸い込まれてしまいそうなほど僕しか映ってなくて…逸らすことができない。

何でそんな顔で僕を見るの?

『ヒョン…その顔は反則だよ…』

『そんなこと言われたって…』

『好きなんだから、嬉しくないわけないでしょ…』

『ギグァン…』

『ずっと会いたいって思ってた。いつもヒョンのこと考えてた。だから、すごく嬉しいんだ』

『うん、僕も…。ずっと会いたいなって思ってた』

『じゃあ…今日の試合で勝ったら、キスしてもいい?』

いつの間にか絡まった指先にきゅっと力が入ったと思えば、静かに頷くあなた。

僕も、あなたの手をきゅっと握り返す。

この手はもう離してあげないから。

僕がずっとあなたを想うから。

あなたはずっと僕の隣で笑ってて。

変わらない笑顔でずっと…。












END.

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