短編集
□連載小説
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信じていた。
自分の進むべき道を行くだけなのだと。
他の人と道を違えようと、自分を信じるのだと。
けれど、あの方があの方法を使うとは思っていなかった。
ーーー…
「あっ…ぁ…っ」
言いようのない痛みが身体中を駆け抜けた。
言葉を発しようとしても音になるのは母音だけだ。
背の真ん中まであった髪はバッサリと切られ、どこかへと風に流れた。
地面に横たえた身体はピクリとも動かずに、呼吸をすることさえも菊には苦痛でしかない。
あの大きな光は、それ程までに菊の身を灼いたのだ。
「…菊」
全てが焼かれた地で菊の名を呼ぶ声がした。
視線だけをソロリと動かせば、目に入ったのは見慣れぬブーツの色−イヴァンがこんな色のブーツを履く訳がない−。
「菊は、俺に負けたんだよ…」
あぁ、そうか。
その言葉だけで全てが理解出来た。
それと同時に全てに絶望した。
視線の先の人物が、アルフレッドが菊にアレを放ったのだ。
菊の漆黒の瞳−それはどこか虚ろに光っていたーが嫌悪するかのように僅かに細められる。
「菊…菊」
また、菊の名を呼ぶアルフレッドとは違う声。
それは、少し前まで馴れ合っていた人だった。
「アーサー」
アルフレッドの言葉に菊はやはり。とあまり力の入らない手を握り締めた。
先程の声の主はアーサーだったのだ。
菊は悔しさに唇を噛み締める。
こんな姿を見られたことが屈辱だった。
わざわざ、原子爆弾を使ってまで二人は菊の傷付いた姿を見に来たのだろうか。
二人に問えば、必ず“否”と答えるだろう。
しかし、二人に世界に絶望している菊にはそんなことなど関係なかった。
もう自分はここで二人に殺されるのだろう。
一人は自分と昔に同盟を組んだ者。
一人はその弟。
妥協などは、ない。
菊は諦めたように目を閉じる。もう、自分には生きる資格がないと感じて。
「ねぇ、二人共。僕の大切な菊を苛めるの止めてくれないかな?」
しかし、頭上から自身の慕う者の声がすると同時に菊は目を開けた。
瞳を向けた先には、自分が隣にいることを許した数少ない中の一人。
「…イヴァン…」
誰かがそう呟いたかと思うと菊はいつの間にかイヴァンの腕の中にいた。
「なっ…!?」
「いつの間に…っ!!」
驚き、呆然とする二人を見下ろしながらイヴァンは笑みを浮かべた。
二人が肩を竦める程に冷たく、凍えるような笑みを。
「もう、むかつくなぁ。なんで君達が菊を苛めるのさ。菊の気持ちも知らないくせに原子爆弾なんて使ってさ」
君達、殺しちゃうよ?
無邪気かつ狂気を滲ませた笑みを口元に浮かべながら言うと、イヴァンは痛みで気絶した菊を優しく抱き締める。
「…可哀想な菊。本来守るべき人に裏切られて…。でも、これで菊の“騎士”は僕一人になったね。嬉しいなぁ」
ねぇ、愚かな“騎士”達。
その言葉に二人の顔は驚愕に歪む。
“騎士”、それは先進国八ヶ国の間で共通する言葉。
“騎士”は“白雪姫”を守り、“白雪姫”は“騎士”を慈しむ。
そう、アーサーとアルフレッドは“騎士”であった。
幼い頃から、上司達に言われ続けて来たのだ。
『我等の白雪姫をお守りしろ』と。
しかし、アーサーもアルフレッドも誰が白雪姫だと分からずにいた。
八ヶ国の中に“姫”であるべき“女性”は菊だけであったのに。
二人は、否、先進国の中で“騎士”である四人は気付けなかったのだ。
菊が、守るべき“白雪姫”であることに。
「…白雪姫制度」
そうイヴァンが呟くと、あからさまにアルフレッドとアーサーの肩が跳ねる。
「Y:“白雪姫”から“騎士”に刃を向けることはあっても、“騎士”が“白雪姫”に刃を向けることは決して許されない。
Z:万が一、“騎士”が“白雪姫”に刃を向けた場合は“白騎士”が“騎士”に制裁を加えるものとする。
[:妥協は、一切許されない。
この意味、分かるよね?」
そう言って笑ったイヴァンの顔のなんと清々しいことだろうか。
それでもどこか冷たさを含む微笑みに二人の背中には冷や汗が滲む。
「僕は、“白騎士”の名の下に近い内に愚かな君達を制裁に来る。その時はせいぜい足掻いて僕を楽しませてね?」
じゃあね、愚かな“騎士”達…。
そう言いながらイヴァンは菊を抱えたまま踵を返し、消えた。
最後に、白い薔薇をモチーフにしたブローチの輝きとその場に崩れ落ちた二人の青年を残して。
〜prologue〜
(さぁ、復讐を始めよう)
‡END‡
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