novel

□虚妄の雲
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「ごめんなさい」



なんで、



どうして君が謝るんだい?



「ヒバリ、さん」



抱き締められたその腕を振りほどくことなく、涙を零す彼を見つめた


ぼろぼろに傷ついた身体


自分だって、立っているのがやっとのはずだろうに



……僕を気遣う余裕なんてないはずだろ?



「相変わらずだね、君は」



昔と何も変わらない彼に、思わず笑みが浮かんだ


僕を抱く彼の背中に、そっと腕を回す



……この十年間、君のことを見てきたけど



「沢田綱吉、君は何も変わってないね」

「そう、ですか?」



へら、と気の抜けた表情で笑い掛ける君



「本当、今も昔も…」



……それが悪い、とは思わないけど



その腕の心地好さに、自然と目蓋が重くなる


先程までの疲れも手伝って少しだけ、彼に体重を預けた



「…………」

「…………」



辺りは一面、深紅の海


今、僕が抱いている感情は決してこの場に似付かわしいものではない



「……綱吉」



柔らかな栗色の髪に付いた紅を、そっと拭い去る


触れ慣れた感触のはずだったが、何故だか身体が強張った



「……なんだか、」

「変な気分ですね」



頭に浮かんだ感情をぴたりと当てられて、一瞬、僅かな間ができる


腕を緩めて視線を落とすと彼は僕を瞳に映した



「覚えてますか、十年前のこと」

「…?」

「……俺がこうやって、並中の屋上でずぶ濡れのヒバリさんを抱き締めたときのこと…」



彼は目を細めて、まるで感傷に浸るように瞳を伏せた


僕は否定することもなく、ただ黙って彼の話に耳を傾ける



「俺約束しましたよね」

「何を」

「ヒバリさんより、強くなるって」

「……寝言くらい、寝て言えないのかな」



僕の返事に、彼は困ったような……それでいて、どこか嬉しそうな笑顔を見せた



十年間、変わらなかった笑顔が、壊されてしまったのは



――この、一週間後だった







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