短編

□表紙と本文サンプル
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 首都には王宮へまっすぐつながる主要幹線道がある。この道は街で一番広い街道で市場に面しており、人々の生活の導線となっている。この道を外れるとあらゆる工芸や技術を持つ職人が集まる職人街、国で一番大きな図書館を周りに学術的権威のある者たちが集まる学者街、バルコニーに洗濯物を干す実に生活感溢れた住宅街、大きな塀に囲まれた大きな家々が集まる貴族街などがある。街の人々はそうした小さなコミュニティーを作りその中で生活していたが、王宮に近く、街道から外れた一角に他の場所とはどこか毛色が違う雰囲気を醸し出す街があった。……呪術と芸能の街だ。どこか異国情緒の漂うこの街にはぼんやりと明かりが灯り、いたるところでくぐもった様な笛の音で奏でられるどこか心惹かれ
るメロディーラインの音楽が流れていた。さらにシャラリ、と装飾品を揺らして通り過ぎる派手な衣装の踊り子の娘とすれ違うだけでムスクや白檀のようなエキゾチックな香りが鼻をかすめる。
王宮でしばしば招待された彼女たちの踊りやこの街に住む奇術師たちのショーを目にする機会があったアベには別段珍しくもなく、街角で怪しげな男性の笛の音色に合わせて飛び出す蛇を一瞥してミハシの手を引き、歩を進めた。ミハシはアベに手を引かれながらその光景や街行く踊り子たちに目を奪われながらもアベの後を追っていたが、アベはミハシが微かに顔をしかめていることに気が付かなかった。
『なんだか、鼻がおかしくなりそうなところね。あちこちから魔法の香りといろんな匂いがする』
アイちゃんが二人の後を追いながらそう呟いても、アベはペースを崩すことなく先を急いだ。
「そうだろうな。でもすぐ抜ける」
「サンダルウッド……ジャスミン、ベルガモット」
「え?」
「カルダ モン」
「ミハシ?」
「あとはよく、わから ない」
 アベは立ち止まるとアベに手を握られたままフードの裾にうつむいて隠されたミハシの顔を覗き込んだ。
「なんだよ? それ……」
 アベが謎の言葉をつぶやいたミハシをいぶかしげに見つめたちょうどその時だった。
「香水に使われている植物の名前だよ。すれ違っただけで踊り子たちが身に着けている香水の香料の種類がわかるんだ。すごいね」
「え?」
背後から声がしてアベは振り返った。そこに立っていたのは長いカーキ色のローブとそのフードを目深に被って書物とランプを手にした人物で、背格好からしてアベやミハシとそう変わらない少年のようだった。フードを払ってほほ笑んだその顔を見てアベはピンと来た。
「ニシヒロ!」
「あれ? もしかして、その声はアベ王……」
「わー!」
アベは急に大きな声を出すと慌てて彼に掴みかかって耳をかっぱらい、ミハシに聞かれぬようにそっと囁いた。
「オレが王子であることは黙っていてくれ! あいつにバレたら一生魔法が解けねーんだよ!」
 目配せしながら鬼気迫る様子でそう述べたアベに気押されたのか、ニシヒロはまごつきながら瞬きを数回した。
「それは別に構わないけれど。それよりも、なぜこんなところにお供もつけずにお一人で? 魔法っていったい……」
 アベは一度目を閉じるとゆっくりと手を伸ばし、自身が被っていたハットの鍔に手をかけた。しかし自分を知る者の前でこんな姿をさらすことに強い抵抗を感じ、アベは一瞬躊躇した。しかし、戸迷っている暇はない。アベは意を決し帽子を外した。彼の頭にある動物の耳を目にした瞬間、ニシヒロは絶句し目を見開いて仰天した。アベはニシヒロを見据えるとこう告げた。
「元に戻る方法を、探しているんだ。以前お前から聞いた国一番の魔術師の居場所を知りたい。国一番の賢者であるお前なら知っているだろ? ニシヒロ」


(中略)
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