版権の森

□記憶
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夢を見た。






それは、自分がたまたま居合わせた電車の、事故。








幸いにも、息がある者は何人もいた。


そして自分もその一人。










どうして俺はこんな目にあった?








酷く痛む頭を手で押さえた。



離した手のひらには、少量の赤黒い血。

それも まだ真新しい。








「……痛てぇ…」





重い身体をゆっくりと起こし、辺りを見渡した。





辺りには、俺と同じように何かしらの怪我を負い、呻き声を上げている人間が数十人。





「……そうか、俺は、事故で…ここ、に…」









何故電車に乗ったのか、全く覚えていない。





…何故、自分が事故にあったのかも、全く理解できない。





俺は、自分の手のひらにこびりついた赤黒いそれを眺め、思わず眉間にしわを寄せた。












どうして、俺がこんな目にあったんだ?





俺は今までずっと頑張ってきた、ずっと、ずっと。




ひたすらバイトの日々。




工事現場で働いた後は、決まっていつもあの場所へと足を運んだ。












「あ、お兄ちゃんっ!」


「…よう、身体大丈夫か」




「お兄ちゃんがお見舞いに来てくれたんだもん、今元気になった!」




「はは、なんだそれ」






元気いっぱいに笑う、身体の弱い妹。



いつも、見舞いにはたくさんの漫画を持っていってやったっけ。















そう、俺は妹の為だけに頑張ってきた。





そんな風に元気いっぱいに俺に笑いかける妹の為に。








自分がやりたいことなんてなかった。



自分なんて死んだって問題はないだろうと思っていた。








妹がいなければ、俺が存在する意味なんてなかったというのに。














外出許可も得ず、こっそり妹と街に抜け出したクリスマスの夜。








たくさんの人混みの中、俺の背中におぶられて妹は、ただ ただ 眠っていた。








−−俺の耳元には、妹の寝息は少しも届かなかった。







この人混みの中の誰が気付いたっていうんだ?




俺におぶられている寝ているこの妹が、気持ちよさそうに眠っているこいつが、もう二度と目を覚まさないと。




俺の背中で眠り続けると。








誰が、気付いたんだよ

「…っ…、…く…」




ただ、泣いた。





こんな人混みのど真ん中で男が泣いてんだ、周りにはさぞかし情けなく見えただろうな。


そんなどうでもいいことを頭の端で考えながら、段々と温もりを失っていく 俺の背中にある存在を、おぶって帰った。















(……そうだ………あいつはもう、…いないんだよな)





じゃあ俺がここで助けを待って生き続けることもないんじゃないだろうか、そう思ったのは
まさに助けを待って過ごした8日目。






「………」



上着ポケットから一枚の紙を取り出した。



そこには、臓器提供の選択肢。



手、足、腎臓だって肝臓だって、そこに書かれてあるどれにだって印を付けることが出来る。






「…精一杯、やった、よな」




そう、この8日間、俺と同じ、事故にあってここにいる者たちと励ましあった。

勿論口論もあった。



みんな、助かりたい。



そう思うのが当たり前だ。





けれど。








「………あぁ……くそ」




死が迫ると、こんなにも 死にたくない、と思うものなのか。



でも、わかってる。
だってもう、起き上がることも出来ないんだ。




きっと今の俺は、死んだ魚のような目をしているんだろうな。







ほんの少し頬に伝った涙を乱暴に拭い、
最後の力を振り絞って胸ポケットからペンを取り出した。





そして





臓器提供の選択肢 全ての臓器を円で囲んだ。











囲み終わると同時に俺の腕は力なく地面に落ち、ペンがカラカラと音を立てるのがわかった。




それと同時に岩が崩れる音と共に、救急隊だろう男の声がした。






「おいっ、全員無事か!?」








その声に俺が応えることはなかった。

















「弓弦」




「…ん?
あぁ、奏か。どうした?」




「隣、…座っても、いい?」




「あぁ、勿論。ほら」




「ありがとう」




「………」




「…?
どうしたの?」




「えっ、あ、あぁっ いや、その…

……なぁ、奏はどうして…ここにいるんだ?この世界に」




「………」




「っわ、悪い!
今の忘れてくれ!
嫌だったよな、死んだ理由なんて言いたくない…よな、 …ごめんな」




「……」






奏は俺の目をじっと見つめた後、 別に気にしていない、と首を振った。









俺は知らなかった。





奏のことを、まだ、たくさんは。




そして、俺の…あのとき、最期、どう死んだのか。










…そして










奏の心臓は、彼女自身に最初から宿っていたものではなく







…その心臓の持ち主は−−−−…



−END−

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