拍手ミニ連載置き場

□太陽の鳥かご
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太陽の鳥かご(主人公side)


焦がれなかったわけじゃない。それどころか、毎夜のように願っていた。自分は捨てられたわけではなく。ほんの瞬きでもする間、ここにご厄介になっているだけなのだと。いつか、父と母が揃って、この園の門をくぐってやってくる。それだけが自分に残された。パンドラの箱に一つだけ残った光。




光が消えるのに時間は要らなかった。
そんな希望など端っからなかったのだと気が付いたのは、八つの時。世間の様子とか、そんなものを理解できるような歳ではなかったとしても、小耳に挟んだ両親の状態を理解する事はできた。何も難しいことなどなかったからだ。
園の一番偉い人がいる部屋の前を通り過ぎようとした瞬間に聞こえた自分の名前に、思わず足を止めた。聞こえてきたのは両親の訃報。私がここに来て一年にも満たない頃。

私をここに預けてどこへ行ったのか知れない両親は、交通事故でなくなったとのことだった。私にどう話そうかと算段を立てている声を聞きながら、私は足音を立てないようにその場を後にした。しばらく歩いてから、今度は走り出した。どこにとか、そんなことは分からなかった。足が、走って走って。泣く事も声を上げる事も忘れて、この現実からでも逃げようとしていたのか。必死に走った私は、園の塀の前まで来て、高くそびえるその壁を見上げた。

おひさま園。
名前だけ聞けば可愛らしい名前だが、その時の私にはどこに逃げる事も叶わないただの鳥かごに見えた。今見上げればさほど高い塀ではない。

でも、当時の私には、太陽まで届くように見えて、あぁ、ここは太陽の鳥かごだと。そう思ったものだった。

「今は掃除の時間だぞ」

ふとかかった声に、ゆっくり振り返ると、そこには随分人相の悪い男の子が立っていた。男の子は振り返った私の顔を見ると、ただでさえ悪い人相を余計に歪めて少し首をかしげた。

「掃除から逃げるとは…良い度胸だな」

全く子供らしくない口調と顔と。だけども自分と同じくらいなのだろうと察することの出来る身長のちぐはぐさがおかしくて。そう思った瞬間、子供だった私は空気など読めるはずもなく思わず込み上げる笑いを抑えきれず、ぶふっと。下品な音つきで噴出してしまったのだった。

「き…貴様!何がおかしい!」
「だ…だって!なんか言葉が変!」
「変ではない!これは私が今読んでいる歴史の本に出てくる武士の口調だ!貴様も読むといい実に爽快だ!」

それから、その場でいきなり武士たる者の話が始まって、私は始終笑い転げながらその話を聞いた。だけど、最後に〆とばかりに男の子は咳払いをして言ったのだ。

「潔さがなんとも」
「いさぎ…よさ?…あきらめるってこと…?」

思わず声が小さくなった。自分が絶望の淵に立たされていた事を俄かに思い出し、また気分が重くなった。でも、その子は言った。

「馬鹿者が!潔さとあきらめるは全く違うものだ!」
「え…?」
「貴様も潔く気分を入れ替え、掃除に励むと良い!」
「…それ、結局あきらめるってことなんじゃないの…?」
「何を落ち込んでいたか知らぬが、掃除は良い。心も洗われる!」
「…それも武士の心得?」
「然り!」

満足そうに頷くと、その子は私の手首をぐっと掴んで引っ張り始めた。

まずは廊下の雑巾掛けだだの、はたきの使い方も教えてやるだの。なにやらごちゃごちゃ言っている。

「泣かぬだけお前は強い」
「…え?」
「分かったのだろう?もう…迎えなど来ない事を」
「どう…して?」
「園の者は皆、ここへきたばかりの頃は迎えを希望にしている。だが、来ないと分かったものは皆この塀を見上げるのだ。もう、ここから出る事はないのだと」
「……君も?えっと…」

手を引かれたまま。その子は肩越しに振り返って。小さく笑った。ひどく寂しそうでひどく悲しそうで。でも、それを懸命に押し隠すような笑い方。

「砂木沼。砂木沼治だ」

太陽の鳥かごの中にいて。この子が笑える日がきたらいいな。
そう思ったのが、私がこの園に本当の意味で馴染んだ最初の日の記憶だった。
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