□23:誇り高き
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芙蓉は困ったように未だに入り江で座り込んでいた。
まだ日は高く、暖かい。
だからこそそれほど切羽詰った困りようは無かったが街中に出て行く勇気は無く、人の目がどこにあるかわからないのに海の中を行く勇気も無かったのだ。


(きっと今頃心配してるだろうなあ、サッチさん大丈夫かなあ)


はぐれたなんて聞いたらサッチがマルコやイゾウに殴られるのは確定で、一緒にはぐれた隊員たちが必死に甲板に頭をこすりつけて謝る姿が簡単に想像できて芙蓉は困ったようにため息を吐き出した。


「フフフッ…フフッ、よォお嬢サン」
「え?」
「こんなところで1人かい」
「…ええ、少しくたびれてしまったから」
「フッフッフッ、馬鹿騒ぎだからなァ」
「…あなたは?」
「ん」


ピンク色をした羽毛を身に纏い派手なデザインのサングラスを着用した背丈のある不遜な雰囲気を持つ男。

それを困ったように見やって女は言葉を続けた。


「あなたは楽しまなくていいの?」
「フフッ、フフフッ、ああ、楽しむさ」
「そう」
「俺と来いよ」
「えっ?」
「なぁに、ナニもしねエ」


にたり、と笑う姿はどう捉えても信頼出来そうにはない。

しかし芙蓉は何度か目を瞬かせ、小首を傾げた。

その仕草は胡散臭いものを見るそれではなく、純粋に不思議に思う子供のようなものだった。


「あなたは、――もし間違ってたらごめんなさいね――王下七武海のお一人、ドンキホーテ・ドフラミンゴさんじゃないかしら」
「へエ、俺を知っているのか…ま、当然っちゃ当然だな」
「天竜人から私を捕まえるように言われているんじゃないの?」
「ああ、聞いてるな」


ニヤニヤと笑いながらドフラミンゴは芙蓉に近づくと、ポケットに手を突っ込んだまま彼女を見下ろした。

その体格差ゆえに男を見上げる女が、彼からするととても小さく見えた。


「悪かねえ、」
「え?」
「何で世界貴族に逆らおうと思った?」
「逆らおうと思ったわけじゃないわ、ただ私の好みじゃなかっただけで」
「普通はヤツらの目に留まれば諦めるか懇願するしか思いつかねえモンだが」
「あなたは?」
「フフッ、俺か?」


ぐい、と日に焼けた男の手が芙蓉の細い腕をつかんだ。
その細さにドフラミンゴが目を細めたのを彼女は苦笑して見上げる。

サングラス越しにもわかる、じっくりと観察するその視線に何故か文句を付ける気にはならなくて、芙蓉は視線を逸らすこと無くただ無言で見つめ返すのだった。


「名前を聞いてなかったなア」
「芙蓉」
「フヨウか」
「手を離して」
「フッフッフッ、そう邪険にしなさんな」
「あっ?!」


ぐ、と掴まれた腕を引き上げられたかと思うと肩に担ぎ上げられ、さすがに驚きで声が上がる。


「このまま俺と食事でもどうだい、お嬢さん」
「これって『お嬢サン』扱いのない上に拒否権なさそうなんだけど?!」
「フフッ! フフフフッ! まあそう言うなよ、いきなりベッドでも俺は大歓迎なんだ、海賊にしちゃあ紳士的だと思わねえか」
「………」
「イイコだ」


ドフラミンゴからすればそよ風程度にしか感じれないほどのささやかな抵抗も無くなれば、男は満足そうに笑った。

荷物を担ぐかのように連れられて街中に戻れば当然、そんな二人に向けられる好奇の眼差しに芙蓉はうんざるしたようにため息をこぼすのだった。


(お祭りをただ楽しんでマルコさんにお土産を買うつもりだったんだけどなあ)


ドフラミンゴはもうどの店にいくか決めていたようでズカズカと迷う様子もなく街を歩いていく。
担がれたままの芙蓉は諦めつつ男に声をかけた。


「重くありません?」
「あー?」
「担いだまま歩いてるから重くないのかしらって」
「フッフッ、あんたは自分が重いって思ってるのか?」
「人並みには」
「安心しなァ、軽いぜ」


そうして辿り着いたのは似合わないほど瀟洒なレストラン。

それでも気にする風もなく芙蓉を担いだまま男は店へと足を踏み入れれば出迎えた黒服なたボーイがぎょっとする。


「ふたりだ」
「は、はい、ただいまご案内させていただきます!」


本来ならば客を選ぶのであろう店は、あっという間に静けさに沈む。
争いごとがご法度の期間であろうと七武海と関わりになる危険は変わらないのだ――ましてやそれがドンキホーテ・ドフラミンゴという男であるならば。

ようやく荷物状態から開放された芙蓉は椅子に座り男と対峙するようにして、哀れなほど怯えて震えるウェイトレスからメニューを受け取る。


「好きなモン頼め」
「あなたはなにを食べるの?」
「酒だな」
「食事に誘われたんじゃなかったかしら」


芙蓉が呆れたように言えばドフラミンゴはただニヤニヤと笑った。
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