□27:賭け
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連れ立って歩いたのはあの人気のない入江ではなかった。

芙蓉に言われるままにマルコが足を運んだのは海を見下ろす小高い場所――つまりミホークと出会った場所――だった。
すっかり潮が引いたそこは前に目にした時よりも当然水位が下がっており、ところどころ岩場が顔を覗かせていた。

そして水平線を臨めばそこには異様な光景が見て取れた。

ぐるりと島を囲むように海溝が生み出されその向こうにぐんぐんと嵩をました波が今にも天に登りそうな勢いで壁を作り始めている。

その動きはさながら生き物のようで芙蓉はその気味の悪さの顔色を失って立ち竦んだ。


『 あなたが かえしなさい 』
「………」


この場に立つまで、芙蓉はただ真珠を海に投げ込むかあるいはそれに似たことをするのであろうと思っていた。
だがそれが甘い考えであることは今眼前に広がる風景が答えになっている。


「マルコさん」
「…なんだい」
「きっと、……ううん、絶対」
「……」
「絶対、帰りますから」
「ああ」
「先に戻っていてください」
「そいつァできねえ相談だよい」
「マルコさん!」
「お前がどうやってコイツを還すのかはしらねえ」


ぽん、と持っていた真珠を軽々と放り投げて受け取る様はボール遊びをしているようだが、マルコの視線は厳しく芙蓉を見据えていた。


「離れねェよい」
「………私は海の中へ行くの」
「待ってる」
「だめよ、津波は必ずくるもの」
「飛んでりゃいいだろい」
「でも!」
「俺に傷ついて欲しくないって、前に泣いてくれたよな」
「………え?」
「『私なんかのために傷ついて欲しくなかった』、……今、俺はお前のためにならいくらでも戦えるよい」
「マルコさん」
「ただの甘ったるい関係はごめんだい、テメエのオンナを守るくらい許してくれたっていいだろい」
「この天然女ッたらし」
「うるせェよい」


非常事態だというのにマルコの言葉に思わず赤くなってしまった芙蓉が反射的に反抗すれば、それを面白そうに彼は笑った。


「俺もお前に傷ついて欲しくねえし、もし傷つくんだとしても俺の前で傷つけよい」
「なんですかその俺様思考」
「お前の全部、俺のものだろい?」
「……どうかしら」
「まったく、うちのオヒメサマときたら」
「オヒメサマじゃないわ」
「そうだな、俺のオンナだよい」
「もう!」


震えていた体が、マルコと話している間にも落ち着いていく。
心の底から冷えているような感覚は、もう彼女の身体には残っていない。


「マルコさん」
「ン?」
「これって大きな賭けですよね」
「そうだなア、一か八かの大勝負だない」
「掛け金が私の命だけじゃ、ちょっと足り無そうです」
「フッ、」
「マルコさん、あなたの命も賭けてもいいですか?」


それならきっと、負けませんから。
そう言って顔色を青くしながら気丈に微笑む芙蓉にマルコはこみ上げてくる笑いを隠しもせずに歩み寄った。


「ああ、預けてやるよい――絶対にオヤジたちンとこに戻らなきゃならねえから負けられねえぞい」
「はい」
「俺ァ、ここにいるからよい」
「津波がきたら、飛んでくださいね?」
「わかってる――お前を引き上げて、モビーまでひとっ飛びだい」
「マルコさん」
「ん」
「ありがとう」


いつだってその存在が示してくれる勇気に、何度救われたかわからないと芙蓉は思う。
まだ始まったばかりで終わりなど感じない、だけれどこの気持ちを忘れないようにと彼女は感謝した。
それが不思議だったのか、何度か眠たそうな眼を瞬かせてマルコは黙って彼女を見ている。


「いってきますね!」


そんな彼を尻目に、ぱっと巨大な真珠を奪うと軽やかに彼女は高台から身を投げた。
荒れ狂う波飛沫と、ところどころに見えた岩肌が恐ろしくなかったわけではなかったが、それでも海はその両腕を広げて受け入れてくれるように彼女には見えたのだ。
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