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□30:警告
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芙蓉が目を覚ませば、そこはまだマルコの腕の中だった。
眠っていた彼女を抱きしめたままでいてくれたらしい彼も、うたた寝をしていたようで。
彼女が目を覚ました気配に、閉じられていた目がゆっくりと開いた。
「ああ、…目が覚めたかよい」
「……は、はい」
「今更照れることもねェだろうよい」
「どのくらいここに居るのかしら……マルコさんお仕事大丈夫なんですか?」
寝てしまったことと彼の膝の上にずっといたこと、その二つに照れてしまった芙蓉はあからさまに話題を逸らそうとした。
だがそんな彼女が面白かったのか、くつくつと男は笑って腰に回していた腕に力を込めて、そぅっと距離をとろうとしていた芙蓉を引き寄せた。
「ぁ!」
「まだ充電したりねえよい」
「………」
「だんまりもよしてくれ、お前の声が聞きてエ」
「もう、……強引なんだから」
「しょうがねえだろ、それだけフヨウ不足だったんだい」
ぎゅぅぎゅぅと抱きしめてくる腕に、ようやく芙蓉も笑った。
そんな彼女の髪に、額に、目尻に、瞼に、頬にとマルコはキスをする。
実際にマルコからしてみればこの下準備期間はイライラし通しだった。
勿論アコニタムにまとわりつかれるのは面倒だったし仕事の邪魔だった、しかも彼女が船員に悪感情を持たれている以上そのそばにいるマルコもそれが爆発しないように船員たちを見張らねばならず。
隊長格が芙蓉の話を聞かせてくれていたが逆にそうなれば会いたいと思う始末。
(まったくアイツらおもしろがりやがって……)
フヨウとカードゲームをしたぞ、とか。
フヨウちゃんが皿洗い手伝ってくれたんだ! とか。
まぁ大体話を聞かせてくれるのが誰かは言わずもがなというヤツで。
「なァ、フヨウ」
「なんですか?」
「お前、欲しいモンないかい?」
「え?」
「……うーん……急にどうしたんですか?」
「いや、俺のオンナって判りやすく身につけれるモンでも持ってもらいたいと思っただけだよい」
「それならこのブレスレットがあれば十分だわ」
「無欲だよなぁ、ホントによい……」
「あ、じゃあ私の腰の傷跡の上にでも刺青いれましょうか!」
「だめだよい」
くすくすと笑う彼女が本気でないことはわかっている。
腰から背中にかけての傷痕は確かにマルコにとってみれば、あまり好ましいものではなかった。
(今なら殴り殺せるねい)
腕の中で穏やかな顔をしている彼女が、一体この傷を負うまでどれほど苦しかったのか思えば相手の男が(しかも顔を見ているからかさらに)憎らしい。
その傷の上に自分のものであると彫ってくれるならばありがたい話ではあったが、マルコとしては別問題でそれは却下だったのだ。
「こんな場所に」
「きゃ」
「刺青彫ったって、俺しか見れねぇだろい?」
腰から背中にかけて、だがそれはわりと際どい位置だ。
芙蓉にとっても他人に見せるには恥ずかしい部分であって、本気ではない。
「ん、まぁ俺だけが見れるってのイイかもしれないねい」
「もう、……」
「まぁそいつぁ今度にして、次に上陸したときは何か買ってやるよい」
「いいって言ってるのに」
「俺がしたいんだから飾られてろい」
「はい」
「…それと、また痩せたろい……ちゃんと食え」
「……はい、頑張ります」
その心配そうな声に、彼女も自覚があったために苦笑をする。
だがマルコの声を聞いて抱きしめられたことは、彼女の心を安心させた。
(だから大丈夫)
無理をしていた、と自分でも芙蓉はわかっていた。
子供のような対抗心だったのだ、と今は反省している。