□01:ようこそ、
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攫えばいいじゃない、その言葉をまるで受け止めたのかのように、マルコと芙蓉の周囲が揺らめいた。

それは例えるなら、エレベーターで感じる奇妙な浮遊感にも似ていた。

そして次いで感じたのは、風。
いきなりどこかに放り出されたのだ、と二人して気がついたときにはもう目の前には青、青、青。


痛みはなかった。
広がる青は、まるで歓迎で抱きしめるかのように包み込む。


ようこそ、『私』の娘!


海の中だと言うのに苦しくもなく、そしてありえない程に鮮明に聞こえた声に芙蓉が弾けるようにそちらを見ると。


奇妙な出で立ちの女が、優しく、悲しそうに――愛しそうに芙蓉を見ていた。


(海、の、中?)


広がる青。

泳ぐ魚。

それは知らない魚だったけれども、知る限りの知識で至るのはやはりここが海の中であるということ。

そこでハッと気がつけば、マルコの姿はなく。


「彼は大丈夫よ、芙蓉」


聞き慣れたイントネーションは、違うことなく彼女の名前を呼んだ。


「あなたは――マルコさんは、」
「落ち着きなさい」
「あなたは、そんな――いいえ、あなたは、誰ですか!」


寒くもないのに震えるのは、心をそのままに表しているのか。
人ではないであろう容姿の目の前にいる女に感じた懐かしさを否定したくて――肯定したくて。

それ以上近寄ることもなく、女は小さな泡を芙蓉の前に寄越して、呟くように告げた。


「あなたが知るべきこと、それをどう受け止めるかはあなた次第」
「………」
『在るべきものは、在るべき場所へ』


まるで“ふたり分”の声が重なったかのような声が彼女に届くと同時に、その女の指先からから放たれた泡がふわりと動いた。
とくん、と小さく息づくようなその小さな泡が芙蓉の胸に溶け込んだ瞬間。


コポ。
ゴボッ!!


それまで見当たらなかったマルコが隣でもがき、奇妙な女は姿を消し。
芙蓉はただ力を失いつつあるマルコを抱えて、海面を目指し泳ぎ始めた。


(マルコさん、マルコさん、マルコさんっ……!)


混乱する頭、自由過ぎるほど自由に動く手足が伝える『真実』。


――化け物、と自嘲めいた笑みを浮かべていたマルコ。
芙蓉は今、それを自分に当て嵌めて泣きそうになっていた。
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