□02:揺らめく心
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ザザァー…


帆船は波を切るようにして進む。
芙蓉は窓からそれを眺めていた。


「――…するってぇとそっちのお嬢さんが、お前がいた『異世界』からの客人なわけだ」
「話を理解するのが早くて助かるよい、スクアード」
「他のヤツなら頭がイカレタかと思うとこだが、相手がお前なら仕方ねえな」
「恩に着るよい」
「アンタも」
「………」
「荒くれ者ばかりだが、不死鳥の恩人は俺にも大事な客人だ」


スクアードとマルコが呼んだ男は、厳つい顔に笑みを浮かべて芙蓉を見た。


「モビーディックに合流するまで、この船でのんびりしててくれ」
「……ありがとうございます、スクアードさん」
「クルーには言い聞かせておくがあんまり好き勝手出歩くのだけは勘弁してくれ、そのくらいだ」
「はい」


短くスクアードの言葉に答えた芙蓉は真っ直ぐ男を怯えた様子もなく見つめ、そのまま視線をまた海へと戻す。


「不死鳥、伝電虫は航海士ンとこにあるから連絡しとけ」
「……ああ」
「…彼女の側に俺がいる、それでも不安なら連れていけ」
「いや……フヨウ、ちょいと行ってくるよい」


カタン、と椅子からマルコが立ち上がる音にも動かない芙蓉に彼は視線を投げ掛けたが、何も言わずに船長室を後にした。
残されたスクアードと彼女は互いを見ることもなく、どことなく張り詰めた緊張を感じさせる沈黙だけが漂う。


「海賊船に緊張してんのかい」
「いいえ」
「………」


ごく当たり前の質問に、即答の否定。
それが予定された台詞でない響きに、スクアードは少なからず驚いた。
船長である彼を気遣って否定の言葉を口にした、というよりそんなことは何一つ問題ではないのだと言わんばかりの短い否定。

彼からすれば儚いほどに弱々しい背中は、静かに海を見つめたまま動かない。


「不死鳥が、お前の側にいるだろう」
「………」
「攫われてきたんだ、もっと踏ん反り返っとけよ」
「………」


奇妙な女だ、とスクアードは内心小さく笑った。
張り詰めていた緊張を孕んだ沈黙は、彼が話し掛ける度に柔らかさを帯びていった。
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