□14:関係性
1ページ/4ページ

芙蓉にそれじゃ宴の頃に、とそっと囁くように告げて隣室にある彼の部屋へ戻っていったマルコを見送って、女はそっと己の唇を指先で撫でた。
掠めるようなキスは感触も熱もないというのにまだそこには何かが残っているかのような錯覚を覚えさせた。


(愛を囁くのはもう少し後で、……かぁ)


それは遠まわしの愛の言葉と何が違うんだろう、と思って芙蓉は火照る頬を感じながらクスリと笑みを浮かべた。
彼が芙蓉の気持ちに気づいているとは思えないし、どうも色々と考えているようなので正確に二人の気持ちが重なったとは思えないがどうやらこの想いは彼の重荷にもならないし想うことも許されている、とわかってそれが嬉しくて。
ほう、と安堵とは違うと息を吐き出した時に、控えめなノックの音が彼女の耳をくすぐった。


「は、はいっ?!」


嬉しさにぼうっとしていた思考が現実に急激に戻って慌てた芙蓉は己の口から飛び出した情けない声に微苦笑しつつドアに手を添えた。


「フヨウさん、今いいかしら?」
「え、どなたでしょう」


かちゃり、と彼女を確実に呼ぶ声に芙蓉はドアを開けた。
開いたそこに居たのは、シャーロットとは違うナース服に身を包んだナイスバディのブロンド美女――豹ガラブーツではなく網タイツがまた別の色気を醸し出している。


「こんにちははじめまして、私はキャリーよ」
「キャリーさん?」
「ええ、アナタの担当看護婦ってところかしら!」


ふふっと笑った姿は少女のようなあどけなさでありながら妖艶な女性に、芙蓉は眼を丸くした。


「え、担当看護婦?」
「ええ、ほら、ここ男所帯じゃない」
「え、まぁそうですね」
「それに貴女、来たばっかりで知り合いも少ないし」
「……そう、ですね」
「婦長もね、女同士のほうが気楽なこともあるだろうからって」
「ああ、ナルホド……」
「それでね、私はマルコとも付き合いが長いし貴女と仲良くなれるんじゃないかってことで選ばれたワケ!」


よろしくね! と笑ったキャリーは本当に邪気無く笑うものだから色々と拍子抜けした芙蓉も釣られて笑った。


「それにしてもマルコが貴女にハマってる姿、私も見たかったワぁ!」
「え?」
「スクアード船長に抱かれて船を渡ってくる時、もんのすごい顔して睨んでたらしいわよ!」
「そ、そうなんですか?」
「そうらしいわー私もそのとき船内に居たから見れなかったのよ! あ、座ってもいいかしら」
「どうぞ」


かたん、と椅子に座ったキャリーはしっかりとメイクされた目で芙蓉をつま先から天辺まで見遣って、さて、と呟くように声を発すると脇に挟んでいた黒いバインダーを持ち直した。


「勿論、船内のお世話もさせてもらうつもりなんだけど――看護婦としての職務もさせてもらうから、いくつか質問させてもらっていいかしら?」
「あ、ハイ!」
「ね、私が座ってるのに貴女が立ってたら申し訳ないわ」
「……あ、そ、そうですね」


キャリーと向かい合うように座った芙蓉は思わず身を正すように座っていて、そんな彼女にキャリーはクスクス笑ったのだった。


「いいのよ、そんな硬くならないで! 私のことはキャリーって気軽に呼んで?」
「じゃあ私のことも、フヨウって呼んでくださる?」
「勿論よ! それじゃ早速いくつか質問させてもらうわね」


既往症やら生理周期やら、そういった基本的な質問から始まってそれに答えるたびにカリカリとカルテに何かしら書き込まれていくらしい音が部屋に響く。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ