□17:嵐の海
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不思議なことに芙蓉には確実に嵐がこちらへ向かってくることが理解できた。
彼女には天候の知識はなかったし、あったとしてもここは彼女が知る海ではない。

グランドライン、だ。


走るように海上をすべる風を、船の中にいるというのに感じれるそれに芙蓉は苦いものを感じながら足を進めていた。
マルコは今日書類仕事が大量にあると言っていたから部屋にいるだろうし、食堂に行けばサッチが居るだろうと判断して彼女はその方向に向かって歩き、曲がり角で人にぶつかった。
その弾みでしりもちをついた彼女に慌てたようにその人影が手を差し伸べてくるのを見て芙蓉は小さく声を上げた。


「あっ」
「おっと……悪い、大丈夫か?」
「ナミュールさん!」
「フヨウじゃないか、どうしたんだ」
「イゾウさんも!」


相手が見知った二人と知ってほっと息を吐き出した芙蓉はその差し出された手を借りて立ち上がった彼女はその手に縋るように二人を見上げた。
その少し切羽詰ったような表情に二人は少し驚き、そして顔を見合わせる。


「どうした、フヨウ」
「今日、は、嵐が来るってご存知ですか」
「嵐?」


怪訝そうにイゾウが眉を寄せる。
その彼の表情に芙蓉はぐい、と引っ張るようにして窓の向こうを指し示した。


「すごい勢いで、雲と雷がやってくる」
「………ッ」


それは、来るだろうという予想ではなく断定。
そのきっぱりとした物言いに少し驚きもあったが同時にせねばならないことが隊長二人にはすぐさまあったのだ。
そして二人が行動を起こすと同時に、船内のマイクが震えた。


『大型の嵐がくるぞーっ!!!』


「フヨウ、早く部屋に戻れ――マルコんとこでもいいぞ」
「えっ?」
「嵐は初めてなんだろ?」
「俺たちは嵐の対応に追われて、お前さんまで気が回らない」
「……ええ、すぐに部屋に戻ります」
「賢明だ」


ふわり、と芙蓉は二人に笑みを向けた。
それは場違いな穏やかさだったために、男たちは一瞬息を呑む。


「いってらっしゃい、二人とも」
「……あ、ああ」
「いって、くる」


言われ慣れているようで、言われ慣れないその言葉に戸惑う二人を残して芙蓉は安堵しつつ歩みを進める。
嵐が来るという宣告のためか、船内は俄かに慌しさで溢れたのだった。
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