□18:その存在、
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ビシリ、と空気に亀裂が入った気がする。
そして硬直している彼女に向かって、船内から手が伸びてあっという間に抱き寄せる。

ばぁん、と外では派手な音をして何かが弾かれた気がした。


「マルコ……さん…」
「フヨウ、無事かよい」
「え、私は、大丈夫、ですけど」
「ん」


に、といつものように笑うマルコが逆に違和感すら覚えそうで、芙蓉は何度も目を瞬かせた。

そんな彼女をよそに、いつの間にかジョズも溺れて気を失った船員も船内に引き上げられていて甲板へのドアは閉じられていた。

びしょ濡れな男たちを見遣って、マルコはジョズに向かって鷹揚に頷いた。


「そいつら、医務室へ頼めるかい」
「ああ。……フヨウは」
「着替えさせたらオヤジんとこに連れて行くよい」
「わかった」


ジョズからも何か言いたいことはあったのだろう、だがそれらを飲み込むようにして両腕に気を失った男を抱え、彼は足早に医務室の方へと背を向けた。
ぎしりぎしりと揺れ続ける船を全身で感じつつ、芙蓉は動くことが出来なかった。


「さて、と」
「!」
「また無茶をしてるねい」
「あの」


きゅ、と手を繋がれた先が熱い、と感じてようやく芙蓉は自身が震えるほどに冷えていたことに気が付いた。
そしてマルコを見てほっとしたことにも。


「あの、マルコさん」
「ん、まぁ歩きながら話そうかねい」


船内が静かかと問われれば逆だ、被害が出た報告やけが人、対処すべき行動、それらでごった返しているといっていい。
甲板に人が出ているからといって、ずっと活動しているわけではない。
交代する場合もあるし、怪我人が出ればその移動に手を貸すこともある。
道具が必要になれば必要なだけ取ってくる。

そういった慌しさで包まれていたし、絶えず激しく揺れる船内がさらに慌しさを増させていたと言ってもいい。
ぐらり、ぐらり、と揺れるたびに覚束ない彼女の足取りをカバーするかのように男は手が濡れることも気にせずに歩く。


「マルコさんっ、」
「大丈夫だよい」


不意に振り返りにかっと笑う男は本当になんでもないことが起きているかのような笑みを浮かべるものだから、芙蓉はそれ以上何もいうことが出来なかった。
そうこうする間にも人ごみをすり抜け彼らは部屋にたどり着く。
促されるままにまず芙蓉が入り、すると次にマルコも部屋に入ってきて後ろ手に鍵を閉める音が聞こえて勢い良く彼女は振り返った。
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