□27:賭け
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「フヨウ!!」


あまりに躊躇いのない飛び込み振りに思わずマルコも大声を出した。
海に入るとは確かに言ったがあれはダイレクト過ぎるだろう、と海面に姿を消した彼女を見て呆れと焦りが生まれる。


(帰って来い)


海に消えてしまう気がして残ると訴えてみたが、共に潜る事も出来ない身では結局待ちぼうけを食らうだけだった。
それでも『賭け』と称して自分の命も掛け金に加えたいと言った女の表情を思い出して、マルコは苦い笑みを浮かべるしかない。

本来自分の命を賭けに使うなど、ない。

マルコは自分の命は家族の為、白ひげのために使うつもりで――芙蓉には悪いが、彼女だけに使えるとは思っていない。
勿論海賊だけに、命が惜しいわけではないし誰かに命を捧げられても気持ち悪いと思う程度には冷淡である。


だけれども、彼女が“帰ってくる”ために自分がそばに居るのだ、と思ってくれるなら、いくらでも言葉では命を賭けることもできようというものだ。


「待っててやるからよい」


そしてそんな彼の心情とは裏腹に、そうやってどっかりとその場に座り込んで海面を見つめる男はどうみても命を賭けているとしかいいようが無くて、ここに彼の兄弟が居たらきっと苦笑しながら同じようにしただろう。

きっと今頃甲板では怒声を響かせながら、いつでも出航できるようにしているだろうと思う。


マルコがそっと目を閉じて海の音に耳を傾けたその時、芙蓉は海の中に居た。
相変わらず息も苦しくならないし、視界が悪くなることもないというのはとても奇妙な感覚だったが、まるでそれが生まれてからずっとのような違和感もあって誰とに向けて出なく苦笑する。

その腕にある真珠は陸にあった時よりも尚輝きを増して、虹色が周囲に色を与え一種その場だけ空間を変えていく。
そして不思議なことに、彼女がマルコから奪ったときはとても重かったというのに海の中に於いてはまるで重さなどなくなっていた。


「還しに来たのね」
「約束どおり」
「ええ、……確かに」
「だけれど、島は沈むのね?」


海が語る声は、意識の中で聞いた声。
今度は姿を見せてくれないのか、とどこかで落胆しつつも芙蓉はぎゅ、と真珠を抱きしめた。


「沈むわ、それが定め」
「本当は、この島の住民も旅人も、全てを飲み込んで砕いてしまうはずだった?」
「そうね、その通りよ――非情でしょう」


自嘲するかのように海が言う。
約束が違えられたときに情をかけずに罪を裁く、それはやりすぎと言われようとも掟なのだと彼女は言った。


「海は人ではないから、人の情など知ったことではないわ」
「………」
「でも海は愛してるわ」
「愛してる?」
「空を、陸を……人も、魚人も、すべての生けとし生けるものを」
「………」
「さぁ賭けはあなたの勝ちよ、芙蓉」
「?!」
「あの男の人が、あなたの愛しい人なのかしら?」
「見てたの?!」
「見えたのよ」


クスクスと笑うのは、母親の声だった。
そして見えない腕が、見えない手が、見えない指が芙蓉の髪を優しく撫でた。


「辛くても、あなたが信じたものを見つめなさい」
「母さんも、見つめたの?」
「父さんだけを見つめたから、私は幸せだった」
「惚気るの?」
「あなたもそうなるわ、だって」


こぽん、と小さく音が聞こえた瞬間激しい水のうねりが芙蓉を襲った。
それは海の中も陸の上も同じような感覚で居る芙蓉でさえ苦しいと思えるほどのうねりで、意識すらも遠のきそうだった。


――だって、あなたは私たちの娘だもの――


最後に聞こえたそれに、芙蓉は答えようとしてとうとう答えることができないままに意識を手放した。
彼女は知らない、それこそが津波の襲来であったことを。
常人であれば引き裂かれるような苦しみであろううねりは、彼女をやんわりと包んだだけで決して傷つけなかったことを。

そして陸の上に居たマルコはぎりぎりまで津波を睨み据えていたが、その波の中に光る一点を見つけて不死鳥へと姿を変えた。
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