□27:賭け
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津波というのは一瞬の高波が何重にもなって襲い来る事象であるが、それはそれは奇妙なものだった。
波はまるで今にも襲おうと高まって、もう目の前まで来ているというのに何かを待つように停まっているのだ。
波が止まるなど奇妙としか言いようのない光景にもマルコはただ一点を目指して飛んでいた。

それは青い光りに包まれた、芙蓉。
気を失ってぐったりとした彼女の周囲を一周して、恐る恐るといったようにその足で捕まえればあっさりと光りは消えた。
ひやりとした感覚がマルコに伝わったが、ぐったりとした彼女の様子に生きた心地がしない。


おそらく波が待っているのは、彼女が成功したということで。
だけれどそれが彼女の無事と意味が同じわけではない。

マルコはそのままモビーディックへと翼を広げ、急いだ。
当然のように彼の姿を認めた船員たちが大慌てで甲板に迎えに出てくると、マルコは空中で人の姿へと変わり芙蓉を抱きとめて着地する。
そうしてようやく息をしているのだ、とわかって安堵のため息を一つ――そして、彼女を抱き上げたまま高らかに宣言した。


「津波が襲って来る前にさっさと出航だ、波を突っ切るからある程度の被害は覚悟しろい!」
「お……おう!!」
「ハルタ、出航準備は万端なんだな?」
「当然だよ、……フヨウちゃんは?」
「気を失ってるだけみたいだが……船医の所に連れて行く、後は任せるよい」
「了解」


ぽたん、と芙蓉の髪から雫が垂れる。
当然抱き上げているマルコもびしょ濡れの彼女のせいで濡れてしまっていたがそれでもひやりとした中にじわじわと互いの体温を分け合う感覚に、生きている、と実感してほう、と周囲に他の船員の気配を感じないところまで歩いてマルコはため息を漏らした。


「まったく、心臓に悪ィったらねえよい」


それでも彼女は帰って来た。
この腕の中にいるのだ、とマルコは満足そうに笑ったのだった。

そうして船医の所に預けている間にモビーディックが進み始めれば、それにつられる様に他の船も一斉に波に向かって出航を始める。
波は一切動かない。
不思議なことに、全ての船が出港しきったところでようやく島だけが沈む大波が崩れたのである。


そうして海流という海流を無視した動きで島が波に砕かれ、そして渦潮が起こり飲み込まれていったのだ。
それでありながらその周辺でそれを見守った海軍の船は一切被害を受けなかったのだから、やはりこれは普通のことではなかったのだ、と誰ともなく言うのだ。


「カリプソーねえ」


そうしてそれを眺めていた男――クザンもその異様な光景にはため息を漏らさずにはいられなかった。
芙蓉のことをあらかた伏せて軽く元帥であるセンゴクに報告したが、やはり当然というか納得できないらしいあちらからさっさと戻ってきて詳しく聞かせろと先ほども怒られたばかりである。

クザンは今までカリプソーというのは架空の存在でしかないと信じていた。
けれどもこれは信じざるを得ない現象である。


「海を裏切れば魔女となる、ってわけねえ……」


なかなか情熱的じゃないの、と揶揄した男をそのそばに居た海兵が不思議そうに見ている。
それを無視してクザンは踵を返しながら、視線をめぐらせる。


「海賊どもはどうした?」
「はっ、殆どがさっさと離れて各自好きな方向へと走ったようです」
「……ドフラミンゴは?」
「一番に姿を消したようで、追えませんでした」
「白ひげ海賊団は」
「特に他の海賊と小競り合いをする気もないらしく、いつものように出て行きました」
「そうか」
「はっ」


どの海賊もいつもは小競り合いを起こし、或いは商人たちを狙ってひと騒動あるものだが今回はやはりそういう状況にならなかったというのは海軍としては良いコトか悪いコトか。
クザンは少しだけ考えて、余計な労力を払わなくて済んだのだからこれはアリだな、と思うのだった――過激派と呼ばれる同僚に、また叱られそうだ、とちらりと思ったのはこの際思考の隅に追いやって。
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