□27:賭け
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芙蓉を船医に預け報告を終えたマルコは、再び医務室に来ていた。
そこには船医と婦長であるシャーロット、それを手伝うデルフィニウムの姿があった。
大半のものは今の出航での怪我の手当てに奔走していたし(一斉に医務室にこられても困るからだ)、また複数人は船長室にいるのだから常時医務室に大人数が控えているわけではないのだ。
勿論それはマルコも知っていることであったし不満に思うことは何もない。

ただ芙蓉がこんな状態だけに仲の良いキャリーがいてくれたらな、と思わずにいられなかったがそんな子供じみたことは流石に言葉にはしなかった。


「フヨウはどうだい」
「先ほど目を覚ましましたけど、まだ憔悴してます」
「……そばにいってもいいのかい」
「行きたいんでしょう?」


呆れたように道を開けたシャーロットに「すまねえよい」とだけ返してマルコはベッドのそばに腰掛けた。
まだ青白い顔はそれでも幾分か船に着いた頃に比べれば赤みを帯びていたし、それを証明するかのようにそっと触れた指先は温かみを取り戻している。

そのことにふっと安堵の息を吐き出すと、手を取られた感触なのか芙蓉がそっと目を開けた。


「マルコさん」
「フヨウ、無事出航できたよい」
「そう、ですか」
「ああ、だからゆっくり休んでくれ」
「はい」
「なぁドクター、目が覚めたんならもうフヨウは部屋に連れて行ってもいいのかい」
「嬢ちゃんは一人で歩ける状態にねえぞ」
「此処にいたって寝てるだけだろい」
「わっ……」


シャーロットに続いて今度は船医も呆れたような顔をしてマルコに笑いかけた。
彼は芙蓉に意向を聞くことなくベッドから抱き上げたのだ。
急激な浮遊感に慌てて縋りつくが、その手もいつも以上に力が感じられなくて男の抱きしめる手に力が入った。


「医務室にいたんじゃあ、アイツらがひっきりなしに来てロクに休めたもんじゃねえよい」
「まぁそりゃぁ一理あるか」
「で、でしたら私が移動の補助をしますのでマルコ隊長がお手を煩わせることはっ……」
「マルコさん、私は大丈夫ですから」


デルフィニウムの申し出も耳に入らない様子のマルコに、芙蓉がそっと苦笑して声を掛ける。
その声もやはりまだ弱々しくて、マルコはドアに手をかけたままゆるりと首を左右に振った。


「俺の部屋で休んでろい」
「え、せめてそこは私の部屋に連れて行ってくれるもんじゃないんですか」
「俺の目の届くとこに居なかったら意味がねえだろい」
「そういう問題ですか」
「そういう問題だ、じゃあ行くよい」
「ちょっとマルコ隊長、少しはフヨウさんのこと労わってあげてくださいよ」
「嬢ちゃん、面倒なヤツにほんっとーに懐かれたモンだなぁ………」
「………」
「いやなんていうか助け舟はシャーロットさんだけですかしかもマルコさん全部無視して出て行こうとするんですか」
「何か問題があるのかい?」
「……お仕事は?」
「書類仕事なら部屋で出来るからいいんだよい」


それじゃあな、と医務室に一応声を掛けてマルコは今度こそ芙蓉を連れて出て行った。
お姫様抱っこで船内を闊歩されるというのは正直芙蓉からすれば罰ゲームに等しかったが、通りがかる人通りがかる人、口々に心配してくれていたことを告げられて恥ずかしさは吹き飛んでいた。

どういうことになっているのかはマルコも彼女もよくわかってはいなかったが、少なくとも出航に際し二人が尽力したから被害が最小限で済んだのだ、という話が船内に行き届いていたようであった。


(ハルタか、ジョズか……イゾウか?)


詳細まではわからないものの事情を知っているのでまず顔が思い浮かぶのは三人の隊長。
白ひげも事情を知っているが、だからといって彼が告知したとは思えない。

とにかく、今は彼女を横にしてやりたいな、とマルコは立ち止まることなく時折通行人に話しかけられれば適当に相槌を打って自室へと急いだ。


「私の部屋、隣なのに」
「いいだろい、別に」
「もう」
「フヨウ」


乱暴に自分の部屋を開ければ、相変わらずの殺風景だ。
ベッドにクローゼット、そして机に本棚。
机の上は書類が積まれていたし――今回の被害はまた後で追加されるのだろうと思うと少しげんなりもした。
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