□27:賭け
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そっと壊れ物のように自分のベッドに芙蓉を横たえて、マルコはそのまま顔を寄せる。
確かめるように唇を重ねれば、ふる、と身を震わせる彼女に愛しさが募る。

そのまま場所が場所だけにこのまま押し倒してしまいそうにもなるが、そこはぐっと堪えてマルコは笑みを浮かべて見せた。


「無事帰ってきてくれて良かったよい」
「……母さんに、ついでに惚気られたわ」
「は?」
「父さんを見つめていたから、あのひとは、幸せだったんですって」
「………そうか」


目を伏せて、淡く微笑んだ芙蓉にマルコも笑みを浮かべる。
彼女の心の中でずっとしこりのように残る思いは、じわりじわりと海に溶けていくのかもしれない。
海賊らしからぬ甘い考えに、マルコは軽く頭を振った。
そしてくしゃり、と芙蓉の髪を撫でて立ち上がる。
とはいっても彼の室内がそれほど広いわけではなく、ベッドから離れて机に向かっただけだ。


「俺ァここで仕事してるからよい、何かあったら呼べよい」
「え、本当に私ここで療養するの」
「そう言ったろい?」
「隣の部屋ですよ?」
「知ってる」
「でもここなの?」
「俺が振り向いたときにお前の様子が見れねえだろい、お前の部屋だと」
「………え?」


何かおかしくない?
そう表情は言っているがマルコとしてはもう譲る気がない。
もう論議する気はないのだと言わんばかりに背を向けて、一番上の書類から手をつけていく。
時折海図や古めかしい本を取り出して、それを細かく見るために眼鏡をかけて。
羽ペンで修正や追加を加えて行く中で、ちらりと視線だけ彼女に投げかければ手持ち無沙汰にしていた芙蓉も疲れはやはりあるのだろう、大人しくマルコのベッドで丸まっていた。


「何か欲しいものはあるかい?」
「いいえ、大丈夫……眠ってしまいそう」
「眠っちまえ」
「だって、マルコさんはどこで寝るの?」
「そんときゃ一緒に寝りゃァいいだろい」
「え?」
「スクアードんとこじゃあ、一緒に寝てたろう?」


くつくつと笑って見せれば頬を朱に染めながらも否定せずに彼女はベッドの中に隠れたのだった。
想いが通じ合う前のことだったから、とかブツブツ文句を言っているようだったがマルコはそんな小さな抵抗を見せる芙蓉がおかしくて喉の奥で笑い続けるのだった。


「機嫌直してくれよい」
「……もう、……怒ってなんかないの、知ってるくせに」
「フッ、まったく可愛いねい」
「マルコさんは私に甘すぎるんですよ」
「お前が自分を甘やかさねエからだろい?」
「それって何か変!」
「おかしかねえよい」


ほれ寝てろ寝てろ、とマルコが手を伸ばしてぽんぽんと毛布越しに彼女の身体を撫でてやると、芙蓉はふぅわりと笑った。
そしてそうっと目を閉じ、本当に眠かったらしく小さな寝息が次第にマルコの耳に届いた。


「おやすみ、フヨウ」


囁くようにそう言って、マルコは再び書類へと手を伸ばした。

それからどれほど経ったろうか、誰かが呼びに来ることもないし報告も書類も届かないこともあって、マルコはすっかり仕事に没頭していたらしい。
机の上の書類は殆ど終わっていたし、マルコは羽ペンを置いて身体をぐいっと伸ばした。
ごきり、と長時間の作業に身体はすっかり固まっていたのか音を立てて解れていく。


(そろそろメシ時かねい)


振り向いて芙蓉の様子を見れば、くぅくぅと寝息を立てていまだぐっすりと眠っている様子で。
顔色はすっかり良くなっているようで、マルコも安心した。

頬にかかる髪が邪魔だろうとそっと指でどけてやると、小さく身じろぎするその様に喉が鳴った。
ちょっとくらいなら喰っちまってもいいかなぁ、などと不埒なことを考えた瞬間にノックが響き、マルコは一気に不機嫌そうに眉を寄せる。


「誰だい」


彼女を起こさないようにとドアのそばによりそっと開ければ、目の前にいたのはハルタとイゾウだった。
二人の手には書類があり、どうやら何かしらの報告のようで。

マルコはしぶしぶと言った様子でドアを開ける。
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