□30:警告
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「さぁてそろそろさすがに戻らないと誰か探してるかねい」
「あ、そうですよね…」
「そんなカオすんない、下準備は終わったからこれからは構ってやれるからよい」
「んもう、ステファンじゃないんだから!」
「お前を犬と同じ扱いにした覚えはないよい」


クックッと笑われて芙蓉はぷい、と顔を背ける。
その仕草はまるで子供のようだと自分でも彼女は思ったが、ほかに抵抗の方法が思いつかなかったのだ。
そしてマルコからしてもその行動は可愛らしいもの以外の何物でもなく、指先で顎を掴み啄ばむようにキスをすれば、芙蓉も大人しくそれを受け入れた。


「フヨウ、……」
「ん、」
「……そんなカオ、すんない」
「どんな、カオですか……?」
「俺が欲しい、ってカオ」
「!」
「抑えが効かなくなるだろい?」


これでも必死に抑えてるのだからこれ以上煽るな、とマルコは思いつつも嬉しくて仕方が無い。
情報屋によれば、当然まだ『不死鳥マルコのオンナ』としての認知度は低く、芙蓉の噂として新世界に出ているのは白ひげの娘、それだけである。
ただしその娘は“天竜人に逆らい七武海の誘いを断った”という尾ひれがついている。
これだけを聞いた人々は芙蓉に対して受ける印象は、恐ろしい女海賊のイメージになっているはずである。


(実際はその正反対なんだけどねい……)


おそらくこの噂を耳にして今頃青キジとドフラミンゴあたりは爆笑しているのではなかろうか、とマルコはこっそりとため息を吐き出していた。


「さ、部屋に戻ってお前はもう少し休むといいよい」
「あ、はい」


閂を外し、廊下に出る。
途中括り付けられている時計を見れば、それほど時間は経っていなかった。

本当にうたた寝だったのだな、と芙蓉は思ったが身体は相当疲れていたのか、その僅かな熟睡で随分と楽になった気がする。


「マルコ隊長、ここにいたんですかっ!」
「ぉぅどうしたい?」
「スクアード船長と、ホワイティベイ船長がこちらに向かっているとのこと!」
「あぁ?!」
「スクアードさんが」
「なんだってアイツら急にきやがるってんだい……!」
「ふふ、マルコさんいってらっしゃい」
「……部屋まで送ってやれないが、大丈夫かい?」
「ええ、勿論」


まったく次から次へ!
そうマルコは文句を言いながらも早足で姿を消した。
その背を見送って芙蓉はふわり、と微笑んだ。


(もう、大丈夫)


ぐらついていた足は、しっかりと船の上で立っている。
しかし今まで心配をかけていた事実は確かなもので、まだ身体は休息を欲していたのを感じて芙蓉はいつものペースで船内を歩き始める。

途中すれ違った船員も、彼女の変化に気がついたのか安心したように笑いかけてくれて余程心配をかけていたのかと芙蓉は苦笑した。


そうしてたどり着いた自分の部屋のドアノブに手をかけて、芙蓉は立ち止まった。
嗅ぎ慣れない香りがすることに彼女は一つ深呼吸をした。


かちゃり、


そうして入った彼女の部屋には、本来いるはずのない人物――アコニタムがいた。
芙蓉の室内の調度品(これは基本的に白ひげが彼女のために用意させたもので、上陸した際にはさらに新しく用意されたものまであった)を品定めするかのように見ているその姿に彼女はただ静かに扉をしめるだけだった。


「何かご用だったかしら、アコニタムさん」
「あらごめんなさいね、お留守だったようだから待たせてもらったの」
「そう、お構いもできなくてごめんなさいね」
「いいえ、キニシナイで頂戴?――同じマルコの“オンナ”同士仲良くしまショ?」
「あら、貴女とのことは過去のオハナシだと聞いていたけれど」
「ふふ、過去は過去だけど、アタシとマルコはちょっとした行き違いで別れただけなのよ」
「………そう」
「あらゴメンナサイね、でも別にあなたに別れろなんてアタシ言わないわよ?」


アコニタムはにっこりと笑みを浮かべる。
真っ赤なルージュがひかれた口紅は、艶やかで官能的で女同士である芙蓉にさえ美しいと認めさせるには十分だった。
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