□30:警告
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「ひっ」
「………」


突きつけられたのはナイフだ、目の前の女はいつそれを持って抜いてという行動をしたのか芙蓉にはわからないが、ただ真っ直ぐに見つめれば黒い瞳もまた真っ直ぐに見ていた。


「ただナイフを突きつけただけでしょ、……あんたに用はないのよ出て行って?」
「……ッ」


怯んだアコニタムに女が冷酷に言い放てば、アコニタムは屈辱を受けたように顔を歪めて地団太を踏む。
それが鬱陶しいのか眉を顰めたが、彼女はもう何も言わなかった。


「あなたは、ホワイティ・ベイね」
「……っ、『氷の魔女』!」
「あらアタシを知ってるのね」
「ええ、こちらに向かってるとさっき聞いたけどもう着いていたのね」
「ふふ、親父様に一刻でも早く会いたかったのよ」


女の身元がわかったことでアコニタムはより劣勢を感じたのか、悪態をつくこともなくよろめきながら扉を開けてさっさと出て行った。
最後に睨みつけるのを忘れないあたりは、やはり気が強いのだろうなぁと芙蓉はどこか的外れな感想を抱いたのだけれども。

だがすぐに意識は目の前のナイフを突きつけたままの女性に戻る。
その黒い瞳はひたりと芙蓉を見据え、挑発的でありながら探るかのように見つめている。


「アンタ、親父様の実の娘なんだって?」
「ええ」
「……そのようね、その目を見ればわかるわ」
「目を?」
「親父様と同じ色……家族を語ったときの強い意志」
「………」
「あーあ、つまんないコだったら切り刻んでやろうと思ったのに!」


ナイフ突きつけても動じないなんて、とベイは文句を言いながらも楽しそうに笑った。


「強いコはキライじゃないよ」
「強くないわ?」
「じゃあ意地っ張りって言い換えてやるよ」
「ふふ」
「……なんだい?」
「モビーディックへおかえりなさい、ホワイティ・ベイ……そしてはじめまして、芙蓉よ」
「!」


おかえりなさい、と言われるとは思っていなかったのだろう目を丸くしたベイが信じられないものでも見るかのように芙蓉を見た。


「ふふ、父親のいる『家』に自分の『家』を持つ娘が会いにきたって、帰ってきたのと同じだと思うわ」
「………あんた、いやじゃないのかい」
「なにが?」
「アタシだけじゃない、親父様を慕う連中は皆アンタが羨ましい」
「私もあなたたちが羨ましいわ」
「は?」
「私はつい最近まで、父に会うことも生きていることも誰なのかすら知らなかった」
「………」
「まぁ父も私がいることを知らなかったし……その間に築かれた親子の情は、この船にいる人たちを見れば羨ましくもなるわ」


ベイが困惑したように芙蓉を見た。
だがその視線を逸らすことも無く、芙蓉はふわり、と優しく笑みを浮かべる。


「でも同時にとても愛おしい」
「っ……」
「父の家族は私の家族、家族がたくさんいて、嬉しいわ」
「アタシも、かい」
「ええ、だから『おかえりなさい』ベイ船長」
「……ただいま、って言っておいてあげるよ!」


降参だ、とでも言わんばかりにベイが笑った。
まだ芙蓉の存在を受け入れるには至らなくても(もうその存在は知っていたのだ、ただベイたちにとって受け入れがたかっただけである)気に入らない、とはならなかったのだ。


「ねえどうせ後で宴になるからさ、アンタともっと話をさせてよ」
「ええ、喜んで」
「アタシのことはベイでいいからさ、船長とかいらないよ」
「はい、わかったわベイ」
「ベイ、何してんだよい!」
「あらマルコ隊長じゃないの」
「マルコさん」
「フヨウ、無事かいっ」
「ちょっと失礼ね!」


ベイは唐突に開いたドアと睨みつけてくるマルコに不機嫌そうに眦を吊り上げた。
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