□08:彼女の言葉
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「海の…ゼィ、クズ、ども…ゼィ…め」
「………」


まるで吐き出すかのように荒い息の中から、罵倒を出すあたりこの海兵は随分とヤツらの掲げる『正義』を信奉しているようだ。
俺は、俺たち海賊は、骨身に沁みて知っている。

ただ属するのではなく、『正義』の二文字を背負い向かってくるヤツらがあの中にいて、それがおそろしい敵であることを。

だが彼女はチガウ。
平和な所で生きてきて、マルコに庇護されて、オヤジの娘という切り札まで手に入れている彼女はいい気分で慈善のつもりであの男の処断に口を出すかもしれない。
可哀相だから助けておあげなさいな、くらい言うかもしれない。


(あれ俺ってこんなに捻くれた見方しかできないっけか)


それでも、オヤジやマルコ、家族を傷つける要素があればやはりそれは俺には納得できないから。
ふと視線を向ければ、彼女が静かな足取りであの海兵に近寄り、座りなおさせていた。


(オイオイオイなにしちゃってんの)


さっそくイイヒト気取りかよ、そう思った俺の気持ちはあっさり裏切られた。


「もうすぐ、スクアードさんがくるから」
「ハァ、………な、に…ゼィ」
「寝転がって会うなんて、スクアードさんに失礼だわ」


それが俺に対する媚なのか、と思ったが。
食堂のじいさんは微動だにしねえし、彼女の目はあれは当たり前のことだという視線そのものだ。
そこを見間違えるほど、俺もヤキが回っちゃいねえ。


(なんなんだ、このお嬢さん)


嫌な女だと頭から信じ込んで見ていたからか、どんどんとその行動に俺の思っていたフヨウ像が崩れていく。
マルコが柔らかい笑みを浮かべて語る彼女と、オヤジの後ろ盾を狙う女という違いが少しずつ埋まっていって――どちらか、なんて弁明する必要も無いのだろうけれども。


それでもまだ、俺は納得ができていなかった。


(平和な陸の生活で満ち足りていて、なぜ異世界の危険な海に飛び込む覚悟が出来た?)


俺たちのように、なにかにせっつかれるように、逃げるように海に出たわけじゃない。
そんな彼女を、まだ俺は信じれない――どこかで羨ましくて信じることが出来ない。


(わかってる、それは彼女だけのせいじゃない)


今の生活に、オヤジや家族たちとの出会いに後悔などあるはずもない。
だがどこかで――平穏に、ただただ平凡に生活してみたかった、という想いが一度でもなかったかと問われれば、俺は苦笑せざるを得ないのだ。


「お 、んな」


しゃがれた、掠れた声がそう言った事で俺の思考はようやく戻ってきた。
この場で海兵が呼ぶのは彼女のことだけだ。

冷たくはない、だけれど温かくもない――そう。
言うなれば『無関心』な視線を向ける彼女に、手負いの獣のような海兵が言葉を続けた。
座りなおさせられて、呼吸が多少楽になったのか先ほどよりはずっと聞こえやすい言葉に、俺も無言で耳を傾けた。


「見たところ、海賊じゃ、あるまい」
「ええ」
「誰かの、情婦、か」
「いいえ」
「脅され、て、いる、のか」
「いいえ」
「で、…は、なぜ、海賊の、船に、など」
「貴方は、正義を背負っているの?」
「………当然、だ!」


静かな問いに、強い言葉が返る。

何を、問うた。
そう俺も逆に彼女に聞きたくなった。

海兵が背負うは正義。
それは当たり前のことだ。
それはマルコからも、この船のクルーからも聞いているだろうに一体何がしたくてフヨウはそんなことを言い出すのか。


(まったくもってわかんねぇお嬢さんだなァ)


カリ、と頭をかけば、自慢のリーゼントがゆらりと揺れた。 
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