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□09:花
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マルコはマグカップを二つ持って、部屋へと歩く。
後ろできっと兄弟たちが好き勝手に憶測をしているのだろうが、それすら気にならない。
とにかく、彼女のもとへ行きたかった。
そばに居て様子を見て、片時も離れたくは無かった。
現実から言えば、片時も離れない、というのは物理的にも無理であることは百も承知である。
それでもそう思えるというのはあるんだなぁ、とまるで他人事のように思えるほど今その言葉をかみ締める。
「フヨウ、開けてくれるかい」
「――マルコさん?」
部屋の前で呼びかける。
応じるその声に、じわりと心が揺れる。
その他愛ない違いすら、イトオシイ。
扉を開けて迎え入れていくれた彼女を見て、マルコは微笑みかけた。
「気分はどうだい」
「……どこか、まだ、現実味が無くて」
「そうかい」
「人を、殺しかけたのに」
「夢心地?」
「そこまでじゃないけれど」
そうっと目を閉じて、先ほどの情景を思い浮かべているのだろう芙蓉は静かに息を吐き出した。
それを見つめながらマルコはカップを二つとも、机の上に置く。
ゴト、という音にも彼女は目を開けることも無い。
「きっと――罪悪感はあるけど、後悔はしていないから」
恐怖は抜けない。
あまりに呆気なく、命が奪える事実は、重い。
それでもなんという事をしてしまったのか、という良心の呵責は特になく。
罪悪感はせいぜいこうして心配をかけてくれる男に対してだ。
(もう少し時間が経ったら変わるかもしれないし――あの人は死んでいないからかもしれない)
正確なところ、マルコには勿論彼女にも結局わからない。
ただホウ、と再びため息を吐き出したのを見計らって差し出されたカップを受け取って、芙蓉は自分の指先が思った以上に凍えていたことに気がついた。
「後で、サッチたちとメシでも食うかい」
「え?」
「ちったぁ気も紛れる」
「…ありがとう、気を使ってくれて」
マルコの青い目が、ひたりと蜂蜜色をした目を見据える。
「――…お前を守るにゃ、何が最善か、だな」
「マルコさん?」
「ああ、いや。独り言だよい」
ただ、マルコの不安はまだあった。
(カリプソー)