□11:優しい追憶
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一歩、また一歩。
進む先に座っている男の視線を感じる。

マルコに向けられているそれは、隣にいる芙蓉にも降り注ぐ。
悪いことをしているわけではなかったが、彼女は視線を上げることが出来なくてただ床を見つめながらマルコに手を引かれるまま歩く。

左右にあった人垣は、進むたびに減っていく。
それが段々と『あの人』に近づいているのだと思うと彼女の心臓が壊れるのではないかと思うくらい早鐘を打っていた。


「オヤジ」


そうして、とうとう左右に人の姿が無くなった。
芙蓉はゆるゆると前を見る――顔を見るまでには至らない。
大きな人、と母は笑っていた。


「良く帰って来たこのバカ息子」
「――ああ、ただいま」


短いやり取りに、二人の信頼関係が見える。
『あの人』の隣にはナイスバディのナースたちが何人もいた。


(あ、本当に豹柄ニーハイブーツだ)


ほかの事で思考をまぎらわせようとするのはよくないことだと普段から思ってはいることだが、芙蓉は今ほど現実逃避したいことは無かった。

かつて会いたいと願った父。
母がただ一途に愛した男。
そして、マルコが尊敬するただ一人の人。


この船に乗る全ての人を『家族』として愛している人。

今更こんな矮小な存在が、娘だとやはり名乗れるわけが無い。
今もこんな絆を見せられて、今更血のつながりが何を意味するというのだろう。
マルコの恩人、やはりそれだけで済ませるのが一番だ。


そう考えて芙蓉はようやくゆっくりと視線を『あの人』の方へと向けた。


「?!」


マルコを見ていると思ったその瞳は、まっすぐに芙蓉を見つめていた。
そしてその瞳が、穏やかに――そして幾分か潤んでいるようにも見える。


(マルコさんの帰参が嬉しいから?)


だがその様子に周りのナースが少し驚いているようで、違うのかもしれないと芙蓉はぼんやりと視線を外せないままに立ち尽くしていた。


「シャーロット、お前を残してナースたちをさげろ」
「え、でも船長?」
「いいからさっさとしねえか」
「……わかりました」


シャーロット、と呼ばれたナースは恐らく今居るナースたちのトップなのだろう、彼女はさっと指示を出してすぐに他のナースたちを下がらせた。


「マルコ」
「なんだよい」
「お前はどうする」
「此処にいたって問題ねえだろい」
「……そうか」


ばくり、と芙蓉の心臓が跳ねる。


「名前は」
「……わた、しは、芙蓉、です」
「フヨウ、フヨウ…か……」



ジョズがそれらを見守るように後ろに立っていることに、芙蓉は気がつかない。
マルコはそれを知っていたが振り返ることもない。

ただジョズは、今にも倒れそうなほど真っ青な顔色の彼女に違和感を覚えている。
それと同時に、そんな彼女を支えるだけのマルコにも違和感を覚えていた。
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