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□18:その存在、
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「マルコさん……?!」
「無茶をしたねい」
先ほどと変わらない、静かで柔らかな声音。
それなのに、部屋に入ってきたことに苦情を言おうとした芙蓉は言葉を失っていた。
それは、まさに、蛇に睨まれた蛙のように。
ひたり、と見つめてくる青い瞳から視線がそらせなくなったのだ。
ただ無機質に見つめてくるその青に体は麻痺してしまったようだったが、恐怖はなかった。
「……マルコ、さん」
「ああ、いや、」
咎めてるわけじゃねえよい、と少しだけ困ったように笑う男に、ようやく呪縛が解かれたかのように芙蓉の体から力が抜けた。
ぽたり、と床に水の雫が円を描いたが、二人は気にすることも無かった。
「隊長としちゃ、礼を言わなきゃならないねい」
「そんな」
「荒れ狂う海でも、お前は確かに行けるから。それを俺は知っているから、ねい」
「………」
「だけど、俺個人としちゃあ」
「あ」
ぐ、と腕が掴まれる。
先ほどまで手を繋いでいたときも感じていた、熱いと思わせるほどの体温の違いが腕ににじんだと思えば、その胸に抱きすくめられて全身に伝わるようだった。
「無事でよかった」
「マルコさん」
「無茶してくれるない」
「……ごめんなさい」
「いや、」
謝られたいわけでもない、それをどうしたらいいかわからずマルコは曖昧に笑った。
責めたいわけではなかったし、案じていたから無茶をして欲しくないことも事実だったが。
「でもね、私が確かに行ったけれど、私だけの意志じゃなかった」
「……それは」
「ね、マルコさん」
「うん?」
「マルコさんも濡れちゃったわね!」
クスクスと笑う彼女にマルコは自分を見下ろした。
なるほど、と口の中で呟けばそりゃぁびしょ濡れの彼女を抱きしめたのだから仕方がないか、とも思う。
「それじゃあ俺も着替えてくるとするかねい」
「そうしてください、風邪をひくわ」
「そりゃお前のほうだろい!」
何時ものように笑った彼女に、マルコは安堵していた。
(海に、連れて行かれるかと思った)
そんな本音は、結局言葉にならなかったけれども。
きっと芙蓉はマルコのそんな気持ちを知って、おどけてくれたのだろうと思うと彼の心の内がじわりと熱を帯びたようだった。
直ぐに戻る、と彼女に一声置いて隣の自室に戻ったマルコは手早く濡れた服を脱ぎ、着替える。
おそらくそんなことは意味もないのだが――船室にいたところで濡れるときは濡れるのだ。
「フヨウ、もういいかい?」
「も、もうちょっと待ってください!」