金色のガッシュ

□好きの温度
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教育実習生×生徒




昔からクラスにひとりくらいは、孤立している「変わりもの」がいるものだ。
休み時間に席を立って友人に話しかけることもせず、携帯をいじるでもなく、静かに本を開く。
私はそんな彼の様子がひどく気掛かりだった。

「ああ、高嶺清麿ですか」
クラス担当の先生いわく、彼は恐ろしく頭のよい一匹狼らしい。周囲を寄せ付けず、教師でさえも見下していると。

「気をつけた方がいいですよ。ヘタに失態をさらせば鼻で笑われかねませんしね」
「……はあ」

ぱっと見たかぎり、彼はそんな生徒には見えなかった。
むしろ、周りに押しつぶされないように必死で、無関心に振る舞っているように感じた。

(高嶺、清麿…か)




それは、午後の授業が終わり、たくさんの荷物を準備室に運んでいるときのことだった。
ひとりで運ぶにはやや多く、前が見えないほどのそれらを持ってヨタヨタと歩く。
頭の中を占めるのは、ある生徒ひとりのこと。
午後に自分が受け持った授業で彼を当てたら、事務的な声で正解を告げられた。

「お主、すごいのう!応用問題をすらすら解けるのだな」

生徒が答えたら誉めるのは、教師として当たり前のことだと思っていた。しかし、私がそう言ったとたんに、クラス中が静まり返ってしまったのは衝撃的だった。

クラスの授業の雰囲気を壊してしまったし、何より高嶺本人もあの空気に傷ついただろうに。

(…失敗、してしまったのだ)

どっぷりと落ち込んで、重いため息を吐いた。

だからこそ、迫ってくる足音に気がつかなかった。すぐ目前に、その「高嶺清麿」本人が居ることに。
しかも彼は、俯いて駆け足に廊下を進んでいた。


「ぬあ!?」
「なっ…!!」

お互いに盛大にぶつかって、体格の差か、細身の体が衝撃を受けてしりもちをついた。そのすぐ頭上に私のもっていた何十冊のノートやファイルが降り注いでしまったのだから、大いに焦る。

「すまぬ!平気か?怪我は…痛いところはあるか!?」

とっさに頭を庇っていた彼のもとへしゃがみこんで、慌てて下から覗き込んだ。



その瞬間、どくんと心臓をわしづかまれた気する。

彼の、表情。

額を覆う前髪、その合間からのぞく意志の強そうな目。
思わず引き寄せられた瞳は、なぜか濡れて潤んでいたのだった。
そして、紅潮した頬にのこる涙の筋。

無意識に、手をのばしていた。

「お主…どうして泣いて…」
「あ…、」

そっと触れた彼の頬は濡れていて、でも温かかった。
まなじりに溜まった涙を指で拭うと、黒々とした瞳が驚いたように見開かれる。

綺麗だと思った。



飽きずに見つめ続けていると、我に返った様子の彼がいきなり私の手を叩き落とす。
手の痛みに驚きながらも、私は彼の表情に釘付けだった。

「俺に、触るなっ!!」

悲しみに濡れた瞳はみるみるうちに怯えの色を帯びて、まるで手を叩かれたのは自分だとでもいうように、痛そうな顔をしている。

勢いよく立ち上がった彼は周りに散乱するノートを踏みつけるのを厭わずに、身を翻して走り去ってしまった。



「ま、待つのだ…!」

引き留めようと立ち上がったが、ついさっきまで無人だった廊下の向こうに人が歩いているのが見えた。
取りあえずはこのノートをどうにかするのが先だと、私は彼を追おうとした足を諌めた。



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