金色のガッシュ

□お隣さん
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お隣さん×大学生

お袋はいった。
上京するのは構わない。だけど、家事は?食事は?お掃除はどうするのと。

自慢ではないが俺は目玉焼きひとつまともに作れないし、家事にも不慣れだ。でもどうしても都内の大学に行きたかった。

「お袋は心配し過ぎだって。俺だって……料理くらい、できるよ!」
「まあほんとに!」
「ああ、まかせとけ!」





と、いうことで。
俺は現在ひもじい暮らしをしている。

お袋に見栄を張った俺が悪いのか、俺を信用しすぎるお袋が悪いのかは知れないが。
最初まだ金にゆとりがある時は、大学の食堂やコンビニで済ませていたが、今月はかなりキツい。ずっと探していた考古学の古本を衝動買いしてしまった。

「いや、今あの時間に戻れたとしても俺は本を買うぞ」

資料と作成中のレポート、崩れそうに積み上げられた本たちの中で、うんうんと頷く。

しかし体は素直なもので、ぐーぐーと腹を鳴らして食料を求めた。

「腹、へったなあ…」

いつも当たり前に食べてきた、お袋の料理が恋しい。カレーが、ハンバーグが、肉じゃがが食べたい。…コロッケが食べたい。

あの、揚げたてのホクホク感がいいんだよな。衣がサクッとして、ジャガイモの甘みと香ばしさが…と脳内コロッケを堪能していると、本当に無性に食べたくなってくる。

「だーもう!!コロッケ食いてえええ!!」

夜9時に叫ぶ言葉としてはかなり間抜けだが、今この願いを叶えてくれた奴にはなんでもしてやる。いや、なんでもします。だから誰か…っ!





ピーンポーン

人が神に祈る勢いでお願いしているのに、それを妨げたのは間の抜けた玄関チャイムだった。

「こんな時間に…、セールスだったら許さねえ」

チッと舌打ちをして、軽い腹を持ち上げてドアノブに手を掛けた。用心のためにチェーンは外さない。
ガチャンとドアを開けて辛うじてできた隙間から顔を覗かせる。

「なんでしょう……か、!?」

その瞬間、俺は相手の顔を確認することもなく、呆然とその手元を見つめた。穴が空くほどに見つめながらも、無意識にチェーンを外す。

「こんばんはなのだ」
「こん、ばんは…」
「お主高嶺殿であるな」

こくこくと頷く。

「私はガッシュ・ベル。最近203号室に越してきたのだが、都合が悪くて引っ越しのあいさつがまだでの。こんなものですまぬが、コロッケを揚げたのでおすそわ」
「くれるのか!?それ!!」
「う、うぬ」

俺の勢いに押されて、隣人らしき男は思わずコロッケの載った皿を差し出した。

「どうぞ召し上がれなのだ」
「いただきます!」

行儀などお構いなしに手掴みでかじったコロッケはまだ温かく、どことなくお袋の味に似ていた。うまい。あまりのうまさに涙腺が多少潤んだが、がんばって引き締めた。
空腹で強ばっていた胃に温かなものが溜まっていき、心も体もやっとほっとする。

「おいしいか?」

もぐもぐ咀嚼しながら目線を上げると、優しげな金髪の男…ガッシュと目があった。名前からして外人だろうか。
そういえば、俺はお裾分けを貰ったその場で食べているのだなと思い出したが、まあいいかと食べ続ける。

「うまいです」
「そうか。…ふむ、お主ウチでご飯でも食べていかぬか?白米と味噌汁があるのだ」

気づけば俺は二つ返事で承諾し、ガッシュの後に続いていた。



「こんなに美味しそうにご飯を食べてくれてうれしいのだ」
「いや…ははは」

ガッシュ本人も夕飯はまだだったらしく、卓袱台に向かい合って食べる。
かれこれ3日も何も食べておらず、料理が苦手と伝えると大笑いされた。

「それは大変だったのだな」

腹が膨れて冷静になると、ふと恥ずかしくなってくる。

「あの…、とありがとうございました。俺ほんと限界で」
「私の方こそ礼を言うのだ。食事はひとりでしても味気ないのだ」


人懐こい笑みでそう返されて、安心した。
コンクリートジャングルとか、都会の荒波とか言うけれど、こんなに近くにこんなにいい人が住んでいる。そのことが嬉しい。

「あの、その、高嶺殿さえよければ…明日も夕飯を食べにきて欲しいのだ」
「え?」
「私は単身で日本に来ておっての、寂しいのだ」

そういった彼は本当に寂しそうで、気持ちがよく分かる。
俺だってだれもいない暗い部屋へひとりで帰るのにはまだ慣れないし、今は冬。寒さは人を寂しくさせる。

「名前で、…清麿でいいです」
「清麿?うぬ、お主も堅苦しい敬語はなしにしようぞ。せっかくのお隣さん同士なのだから!」

明日は鍋なのだ、と笑うガッシュを見ていると、ひだまりに当てたように心がポカポカする。

ふと、部屋に掛けられたカレンダーが目に入った。沢山の予定が殴り書きの英語で埋められている。

2月。

この日を境に、小さな春が近づいていた。





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