金色のガッシュ

□君がいないと
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ガッシュの身長は俺よりも頭一つ分はデカい。
腕も長いし足も長い、愛嬌よし顔よし(少し子供っぽいが)、地位も最高レベル。

そんなヤツがモテないハズがない。
老若男女動物含めて、だ!



「不公平だな…世の中は」

はあ…とため息を吐くと、レイラは無表情のまま抱えた本を棚に戻しつつ、「で?」と素っ気なく言い放つ。

「いや、それだけなんだが」
「そう」

ここはどこかというと、王立の図書城だ。館ではなく城。それほどまでに大きく立派な書庫の管理に携わっているのは、レイラを含む魔物達。
俺は仕事柄出入りすることが多く、専用の書斎を城内に設けて貰っていた。茶飲み友達のレイラは、俺が零す愚痴を聞いていないようで実は聞いてくれている。

「で、…ガッシュがモテモテで清麿は何が不満なの?いいじゃない。ガッシュは基本的にアナタしか眼中にないもの」

不満というか、焦燥感というか、…何か面白くない、というのが本心だ。

ガッシュは「優しい王様」として国民に大人気で、支持率もいい。
最初は、こうも簡単に行かなかった。
まだ若いということもあるし、有力な王候補を退けて勝利した、所謂ダークホースな存在のガッシュは、既に水面下で形成されていた様々な派閥にとっては面白くないものだ。
前王に仕えていた頭の固い重役たちも、大きな障害となった。

多々ある壁を乗り越えて、魔界で『真の王』として活躍しているガッシュの過去には、血のにじむような苦労がある。

それを共に乗り越えたのは、俺だ。
理不尽で、腑が煮えくり返るような屈辱も。人々に認められる喜びも。
俺がガッシュと体験してきたことなのに…。


「だいたい、子供の頃のアイツは泣き虫で寂しがりで、学校に付いてきたり、だから俺はバルカンを作ってやったり、うう…」
「俺にべったりだったのに?」
「そう、俺にべったりだったのに…」


「最近めきめき男らしくなって、清麿の方を何度も振り向かなくなって、甘えてこなくなって」
「そうそう」
「ガッシュを皆に取られたような気がして、なんだか寂しい」
「そうそう…っ、て!ああ!?レイラ、お前エスパーか!?」

すばり心情を言い当てられた俺は動揺を隠せず思わず立ち上がった。対してレイラは心底下らないという表情だ。

「バカ。全部顔に書いてあるわよ」
「…そうか?」

思わず両頬をさすると、レイラはぷっと吹き出した。

「フフッ。王様の『清麿離れ』も大変ね」
「なんだそりゃ」
「王様だっていい加減、清麿清麿って頼ってる訳にはいかないんじゃないかしら?男の沽券にかけてね」


リンゴンリンゴーン

チャイムの音が城に響き渡る。レイラは顔を上げた。

「昼休み終わっちゃったわ。また明日にでも愚痴を聞いてあげるわ、王佐殿」

そう言ってイタズラな笑みを浮かべて、書斎を後にする。
ポツンと俺一人が残された。

「男の…沽券?」



+++++


考え事をしていたせいで、今日のノルマを終わらせたときには、既に夕方になっていた。
王城に戻っても突然のトラブルに見舞われ、結果職務を終えたのは夜中だった。

昨日から丸二日、一度も顔を合わせていない。
ガッシュは昨日の朝から今日の昼過ぎまで視察に出ていたからだ。
きっと今の時間も、私室で書類整理をしているだろう。
俺はコーヒーを持って、その部屋の扉の前で立ち尽くしていた。

(やっぱり「おかえりガッシュ、視察どうだった」かな。いやせっかくのプライベートに仕事の話しかしないのも…よそよそしいのか?)

二日間。
今でならたったの二日間だが、王を決める戦いの最中では、俺はガッシュと二日間も会わない日などなかった。
朝から晩まで一緒にいて、それが自然だった。


(やっぱり、ちゃんと…、ガッシュに言おうかな)

お前の顔が見れなくて、寂しかったよ。

その一言。
そうすればガッシュも俺に飛びついてきて、私もだ清麿!と無邪気にじゃれてくるだろう。


よし!と気合いを入れてノックした。
ノック数は五回。
相手が俺であるということを知らせる合図となっている。

「入るぞ、ガッシュ」
「うぬ」

ガッシュは案の定机に向かっていた。入ってきた俺と目が合うと、軽く微笑む。

「おかえりなさいなのだ、清麿」

だが、椅子に座って、立ち上がる気配もない。

「ガッシュも…おかえり。あと、お疲れ様な」

それしか、言えなかった。

ガッシュは二、三言葉を交わすと、スッと目線を下げて仕事に戻っていったからだ。

ズキンと、胸に刺さってチクチクと痛かった不安が急速に成長する。訴える。苦しいと。



ふと、思い出すのは戴冠式を終えてしばらくのこと。
そのときもガッシュは視察でしばらく城を空けて、その間俺と一切顔を合わせなかった。

『清麿と三日も!三日も離れたのだぞ!我慢できるはずがないであろう!』

帰ってきて俺と会って早々に、タックルするかのごとく抱き付いてきたガッシュ。
その時は王が情けないことを言うなと叱ったけれど、実のところは俺だって寂しかった。
抱きしめ返した両手を、なかなか離せずにいた位には。




「どうかしたのか清麿?お主顔色が良くないぞ」

ガッシュが立ち上がる気配を感じた。こんな情けない顔を見られたくなくて、思わず俯いた。
それと同時に、ボロッと涙が落ちてしまったのには焦った。

いや、焦ったのはガッシュの方なのかもしれない。
机を迂回せずに踏み台にして、大慌てで俺の元に駆けてきた。

「清麿!?どうした、どこか痛いのか!?」

いつもと変わらず、優しい声。
町中に泣いている子供がいても同じリアクションをするのだろうなと思い、悔しくて背中に回された腕を振り払ってしまう。驚きを隠せない表情と目があった。

冷静な自分が止めておけと諫めるのに、言葉は止まらない。

「お前は、もう俺はいらないんだな?」
「な…っ、」
「そうなんだろ!」


「お前はもう十分に人望も、知識も持っている。もう立派に『王様』になった。もう、…俺がいる意味ないぐらいに」


「それなら俺は、人間界に帰ってやる!!」


バカなことを言っている自覚はある。
子供のように言いがかりをつけて、八つ当たりして癇癪を起こして。
そして期待している。ガッシュが俺の言葉を否定してくれることを。お前が必要だと、抱きしめてくれることを。

お前がもしこの言葉を肯定したら、俺はきっともうだめだろうから。



しかし、ガッシュは無言だ。
だから不安になる。早く何か言ってくれ、と懇願の気持ちで顔を上げると、ぞくりと悪寒が走った。

部屋の空気はピリピリと渦巻いて、かつてない威圧感に襲われる。
重い沈黙は破られて、唸るような低温が言葉を紡ぐ。

「清麿、それは本気で申しておるのかのう」
「ガッ…」
「それは本気かと聞いておるのだっ!」

ひゅっ、と息が詰まった。
初めて浴びせられた怒鳴り声のせいで思考が真っ白になって、気付けばカーペットに押し倒されていた。

「くっ…、」
「答えろ」

肩ごと腕をカーペットに縫い付けられるように抑えられ、思わず痛みに呻く。ギリギリと魔物の力で掴まれたのだから、思わず悲鳴が上がる。

「ガッシュっ!うで、…いたい…っ!ガッ…シュ…」

「黙るのだ!」


突然の豹変に、言葉に、傷ついた心は更に溢れてくる涙を止めることは出来ない。
怖いと思った。
俺を見下ろすガッシュの、冷たい瞳が怖いと。

止まらない嗚咽はずっと続いて、途方もなく長い時間が流れていく。
ピリオドを打ったのは、俺の頬に落ちてきた滴だった。


やけに温かいそれはポツリポツリと降ってくる。
俺がキツく瞑っていた目を開けると、静かに涙を流すガッシュと目があった。

ガッシュは、置いて行かれた子供のような、幼い表情を浮かべている。

肩に添えられた手にはもう力が込められておらず、思わず俺は自由になった右手でガッシュの頭を撫でた。


「清麿…、私が清麿を不要と思うわけがない。私が清麿を嫌うわけがない」

ポツリ

「だから清麿は、帰らないで欲しい」

ポツリ

「肩、痛いだろう。清麿、私を嫌いになってしまったか?」







「好きだ」


ガッシュの首に手を回して強引に引き寄せて、抱きしめた。
肩が塗れていくのが分かる。

「好きに決まってる、バカ。変なこといって…ごめんな、ガッシュ。」
「清麿…私は清麿の『優しい王様』にはなれぬ。私は、私はもし清麿が私を嫌っても…決して手放せぬのだ」
「ガッシュ…」
「私は、醜い」



それでもいい。

そう囁くと、いつもより余裕のない口付けをされる。
しょっぱかったキスは次第に熱を帯びて、徐々に激しくなっていった。


「やはり私は、お主から離れるなど、無理なのだ」

泣きすぎたのか、疲労感で体が怠い。

目を閉じて意識を投げ出す瞬間に聞こえた甘い囁きに、心がホッとした。







+++++


「つまり、ゼオンがガッシュに『自立』をけしかけたってことか!」
「その通りだが」

何か文句でもあるのかと言いたげに睨まれるが、文句ならある。

「私がゼオンのアドバイスを実行したせいで、清麿を不安にさせてしまったのだ…」

しゅんとして、だがいけしゃあしゃあとそう言い放ったガッシュの言葉に、ゼオンは嘲るように口端を釣り上げた。

「ほーお」
「なんだよ」
「清麿、お前ガッシュに構って貰えない程度で寂しかったのか」
「う…!?」

ゼオン…デュフォーの洞察力を受け継いだ嫌な奴だ。

「ふん。魔界の王が、その補佐にいつまでも尻尾振っていられないだろうが」
「そんなこと分かってる…」

ガッシュは王として、「補佐に頼らない」という第一歩を踏み出しただけに過ぎない。
それを今回邪魔してしまったのは俺で、…全く悪いことをしてしまった。

「まあ種明かしも終わったことだ。今後は王の自立を、しっかりサポートして貰おう」
「ああ…」

でも、やっぱり寂しくなってしまうのは、仕方がないことなのだろうか…。


「大丈夫なのだ、清麿!」

ガバッと後ろから抱きしめられた。相手は言わずもがな、ガッシュである。


「公私はきっちりと分けるからのう。プライベートでは、じっくり清麿を求めていく予定なのだ」
「な…っ」

「心も、それ以外も」

絶句した俺の正面でゼオンは大きくため息をつくと、マントを翻して去っていった。

「清麿、さっさとその嬉しそうな顔引き締めてから仕事に戻れよ」


ゼオンの苦々しくも、どこか優しさを孕んだ一言に、俺の赤くなった頬はしばらく元に戻らなかった。






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