金色のガッシュ
□お義父さんといっしょ
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「ただいまー…」
そーっと、玄関のドアを開ける。
門限はとうに過ぎている時間だった。
いつもならここで、「お主こんな時間まで何をしておったのだ。いっておくが、冷めた飯でも文句は言わせぬぞ。…まさか夜道をひとりで帰ってきたのか?怪我はないか?変な人に会わなかったか?とにかく電話一本くらいいれるのだバカタレ!」
と、一般人では耐えかねるくらいの小言が始まる。
ましてやこれが親なのだから、ウザさ満点だろう。しかし俺には違う。
好きな人からの自分を心配する言葉なら、飽きるまで聞きたい。
何だかんだで構って貰えるこの瞬間が、まぁ…意外と好きだった。
しかし。
俺を迎えたのは親父の怒声ではなく、しーんと静まり返った廊下だった。
「…………」
おもしろくない。
ふと下を見ると、見慣れない靴が揃えて置いてあった。
客がいるらしい。
何だか普通に顔を合わせるのもムカついたから、こっそりと親父の書斎兼仕事場に向かう。
半開きのドアから漏れる暖かい光の中で、親父が誰かと談笑をしている。銀髪の後ろ姿に見覚えがあった。
ゼオン・ベル。
親父の兄であり、親父が勤めている会社のトップ候補と言われている存在だ。何しろ『ベル・トイズ(株)』の社長は親父とゼオンの実の父親なのだ。
親族経営に拘らない現社長ではあるが、ゼオンの優秀さに一目を置いている。
そんなゼオンをサポートし、ツートップを張っていたのが親父であった。
言わずもがな、親父が在宅に異動すると知り一番に反対したのはゼオンだし、ライバルだなんだと言われながらも親父と仲がいいのだ。しかも迫力のある美人。そしてドエス。
俺がいないと、親父をからかって高笑いをしている。親父も親父で、ゼオンとのやりとりが楽しいらしい。
ゼオンさんは意地の悪いことをさらりと言い、親父は困ったように笑った。
その瞳に優しい光が満ちていることを、俺はとっくに知っていた。
「…んだよ、ばかおやじ」
最愛の息子の帰宅時間すら気にならないほど、帰ってきても迎えてくれないほど。その空間は心地いいのか?
足音を立てないように自室に戻ると、何だか複雑な気分になった。もしも親父が結婚してなかったら、今頃会社で昇進とかして、できる奥さんを見つけて、同僚と楽しく飲んで帰ったりしていたのかもしれない。
親父はまだ若い。
親父の人生の邪魔をしているとしたら、まず俺だろう。
気分がどんよりした。
リビングに降りて、ラップの掛かった肉じゃがを見つけると更に沈んだ。
机の上のメモには「仕事の引き継ぎがあるから、今日は仕事部屋に籠もる。ゼオンも来るから失礼のないように」
要約するとこれくらいの文が書いてある。その他にもご飯の暖め方だの、一緒に食事をできないことへの謝罪だの、その他いろいろだ。
「こんなの書くヒマあんなら…顔見に来るくらいしろよなバカ」
メモをくしゃくしゃと右手に掴み、ボール状態にしてゴミ箱に放った。しかし惜しいところで軌道はズレて、縁に突き当たって床に落下する。
舌打ちをしながら拾い上げて、捨てようと…したが、親父の右上がりのボールペンの文字の羅列を目にすると、無碍に捨てるのもどうかと思われた。
「あほらし…」
本当に、あほらしい。
でも気づけば俺は、紙切れのシワをキレイに伸ばして、二つ折りにしてジーンズのポケットに収めていた。
乙女か俺は!
ああそうだよ乙女だよ!
自分の心の中で一人漫才をしていると、フフッという人を見下したような笑いが聞こえた。
恐る恐る振り向くと、人を食ったような表情でゼオンが立っていた。にやにやと、いやらしく笑われる。
「な、なんですか…?」
「いや…お前がそのメモをまるで恋文のように扱うから、おもしろくてな」
…見られた?
よな。うん。ばっちりと。
「べべべ別に!そんなつもりじゃ!」
「まぁまぁ隠さなくていい。悪いな?君のパパを独占してしまって」
チロリと覗く赤い舌は蛇のようで、美しい容姿が手伝ってなんだか恐ろしい。
さらりとバカにされたような気がするが、ついていけないくらい思考が鈍っている。
ぽかんと見つめていると、また笑われた。
「ガッシュとは血のつながりはないのに…本当に親父そっくりだな、その鈍さは。私は今嫌味をいったんだが」
「それくらい分かります」
「それは良かった。…そうだ」
パッと顔を上げたゼオンは、悪戯を思い付いた子供を思わせる顔だった。
冷蔵庫の扉を遠慮なく開けて、中からオレンジ色のビンを取り出すと、ジュースだ、と差し出してくる。確かに、オレンジの写真がラベルにあるが…
「これ…酒じゃないんですか?」
英語でかいてあるロゴは、ジュース以外のものに見える。
「ジュースだ。外国土産だ。出張があったから、お前にな」
「………」
「…そんな疑いの目で見るとはいい度胸だ。俺の土産が飲めないのか?」
ペットボトルサイズの瓶のあけ口はビール瓶のようなそれで、ゼオンはそれを手早く開けて寄越した。
「さあさあ」
迫ってくる綺麗な笑顔も、般若のような凄みを帯びている。
ここは腹をくくるか…。
瓶に口を付けると、みずみずしい香りが鼻腔をくすぐる。
普通に美味しそうだ。
そっと口に含んだ液体は舌をじんわりと熱くして、やっぱり酒だということが分かる。まぁ薄々は知っていたが。
あぁ、…甘い。
しかし口当たりはいいし、どんどん飲めそうな品ではある。
ぐいっと瓶を煽ると、いい飲みっぷりだと満足げに呟かれた。
頭がぽーっとする。
なんでこんな状況になってんだっけ。
そうだ、親父のせいか。
ったく…、お前の兄は未成年に酒勧めんのか?しかも結構嫌なやつだった。
でも、美人だ。
(あんな目…母さんにしか向けないと思ってたのにな)
人を慈しむような、愛でるような、見守るような。
そんな視線で母さんを見ていたから、俺は直ぐにあんたに懐いたのに。
「なんだ、もうギブアップか」
そういえば、
最近親父のやつ、俺と…目ぇ、
「酒に弱いのも…親父そっくりだな」
合わせてくれない、な。