金色のガッシュ

□雷のち快晴
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このところ大雨続きで、湿度も高くじめじめしている。どちらかというとカラッと晴れた方が好きな私としては、どうにも気分が暗くなってしまう。
それに加えてこの書類の多さ。
執務室に缶詰め状態で右手を動かし続けてはいるが、全く減る気配はない。

「清麿に、…会いたいのう」

ぽつりと零した本音に「そんなことより早く仕事しろ」と喝が入ることもない。
寂しさは次第に理不尽な苛立ちに変わり、眉間に深いしわが寄る。やりきれないモヤモヤ感を抱えたままでは真剣に書類に向かう気が起きず、重いため息をついてペンを置いた。

背後の大きな窓の外はもうすっかり暗い。
ガラスに映る疲れ切った自分の顔に、苦笑した。
このところ新しい法案の承認へ向けて国内を飛び回っているのだから無理もない。


「ひどい顔だな、ガッシュ」
「…ゼオンか」

ふと背後に見知った気配を感じて振り向けば、不適な笑みを浮かべるゼオンと目があった。

「王佐殿に渡したい書類があるのだが、清麿はここにいないようだな」
「うぬ。事務室にいるのだ」

清麿にはデータ分析を頼んでいる。確か資料を持ち出して、事務室で統計をまとめているはずだった。

「そうか、邪魔したな」

と立ち去ろうとしたゼオンが扉に手を掛けた瞬間。
突然扉が手前に開かれ、勢いよく迫ってくるドアとゼオンの額がぶつかった。
ゴッ、と鈍い音が響き、その事故の原因…扉を開いた清麿はうわっと一歩下がる。

「ゼッ、ゼオン!大丈夫か!」

久しぶりに聞く愛しい恋人の声に心が躍るが、いかんせん清麿の目に私は映っていないようだった。
事態を理解したのか、清麿は慌ててゼオンに近寄りその額に手を当てる。

「すまん、お前が俺を探してるって聞いて…」
「ああ、大丈夫だこの程度」

清麿の対応は正しい。
ただ、なんとなく。なんとなーく面白くない気がした。

子供相手にするようにゼオンの額を撫でる清麿と、その清麿の両肩に手を添えるゼオン。
いつもであれば割り込んでいくのだが、今日はやはりそんな気力はなかった。
黙り込んで一部始終を眺めていると、ゼオンは意外そうにこちらを見やった。

「おい、いいのかガッシュ」
「なにが」
「とぼけるな。…まあ、珍しいものだな」

そういって、すぐに仕事に戻ればいいものの。

ゼオンはあきらかにこちらを挑発するように口角を上げた。
長年の付き合いだからわかることだが、ゼオンは今絶対に、よからぬことを考えている。

「そういえば、用事ってなんだ?」
「ああそうだ。検討中だった施設設営のことなんだが」
「ああ…で?」
「ん?」
「この手はなんだ?」

その予感は当たる。
ゼオンは意味もなく清麿の頭をくしゃりと撫で、おもむろに肩を抱いた。

「特に意味はない。そしてこれがその図案と諸々の資料だ」
「そ、そうか」

何事もないように淡々と要件を述べるゼオンに、清麿は無抵抗だ。渡された書類に目を通し始めてしまった。

モヤモヤする。
イライラする。

大体清麿は王の執務室に入ってきたのだから、まず最初に私に声を掛けるべきではないのか。
ゼオンの無駄なスキンシップも受け流すべきだ!私の前なのだから!

テーブルをコツコツと爪で叩きながらゼオンを見ると、意地悪そうな笑みを浮かべられる。
そうして清麿の視界に入らない方の手で、シッシッと私を追いやる仕草をした。

コイツ…わざとか!?
こちらはただでさえ苛立っているというのに、わざと私を焚き付けているのか。

紫電の瞳を殺気を込めて睨むと、互いに一触即発の雰囲気になった。握りしめた私の手にはピリピリと静電気が漂い、準備は万端。対する向こうも用意はできているようだ。

こいよ、とゼオンが口だけを動かした。

「ザケルッ!!」

バチバチッと銀と金の電撃がぶつかり合い、相殺される。
そんなイメージを抱いていたのだが、なぜかゼオンは術を発動させなかった。そのため鋭い雷がゼオンに直撃する。

「ゼオン!?お主なぜっ」

あれ位の攻撃を避けずに、わざと当たりにいった?
それよりもまず、なぜ挑発したくせに術を撃たなかった。

ゼオンの真意を測ろうとじっとその場に立ち尽くしていると、はたと気づく。
清麿の低い怒声が聞こえたからである。

「ガッシュうううう…!」

相変わらず単純だな、と笑うゼオンの顔が頭に浮かんだ。

「ガッシュ!お前、どうしてゼオンをいきなり攻撃したんだ!」
「いや、これはいきなりとかそういうのでは…。同意の上なのだ!」
「ゼオン…本当なのか?」

書類に集中しきっていた清麿の目には、正しい判断は無理だ。

「いや…俺にも非はある」

苦しげに告げるゼオン。
清麿のつり上がった瞳に私への非難がこもる。

「だからって言って部下に電撃を撃つ理由にならない!それに、ゼオンが庇ってくれなきゃ俺にも当たってたんだ」
「……」

ゼオンと私の水面下の攻防を話でも、多分言い訳にしかならないだろう。ゼオンがそれを否定すれば私の立場はますます悪くなるし、今この状況で一番悪いのは紛れもなく私だ。
でも、清麿なら察してくれるかもしれない。
そう期待を込めて口を開こうとした。しかし、

「ガッシュ!怪我させたのはお前なんだから、早くゼオンに謝れ」

きっぱりと清麿に命じられて、心がズキンと痛んだ。
私が理由もなくゼオンを傷つける筈がないのに。
お主は、そんなに私を信用していなかったのか。

今までの仕事で貯まっていたストレスや、やりきれない激情と悲しさで、頭にカッと血がのぼってしまった。

「おいガッ…」
「王佐殿よ」

「さっさと愚兄を連れて部屋から出ろ」
「なっ…」
「命令だ」

「命令だといっておる!」

ダンッと机を叩くと、木製のそれはミシリとへこんだ。
清麿はというと憤激した様子で、ゼオンを連れて乱暴に部屋を出て行った。

「お前なんかもう知らん」
「私も、清麿なんかもう知らないのだ」
「話しかけるなよ」
「それはこちらのセリフだ」
「意地っ張り!」

清麿が怒鳴りつけるように言うと、同時に大きな音を立てて扉が閉められた。

「……分からず屋」

私の呟きはその音にかき消されて、部屋には重い静寂が満ちた。



+++++


「全くガッシュのやつ、何考えてんだ」
「さあな」
「一体何が原因なんだ?ゼオン」

ガッシュとあんな風に言い合ったのは久々だった。
それになんだ、あの言い草は。
「命令だ」と冷たく言い放ったガッシュを思い出して、心がずしりと重くなった。

「ゼオン、今日俺お前んとこで寝るから」
「ああ、それはいいのだが」
「なんだ?」
「いいのか。ガッシュのこと」


「割合でいえば、8割俺が悪い」
「は…?」
「最近王がイラついているから、執務に害が出ない内に一度破裂させてみようとおもったのだが、少々やりすぎたな」
「それ…どういう」
「いや、お前にちょっかいだせば簡単と思ったんだが。…あんまりにも大人しいからつい挑発を、な」

つまり、俺がきちんとガッシュの話を聞けばよかった。
俺がどうしていきなりガッシュがゼオンに攻撃したのかを考えればよかった。
ガッシュは理由もなく手を出すようなやつじゃない事ぐらい、分かってたのに。
それってつまり、
…俺、最低じゃないか?

「ゼオン…ちょっとかがめ」

バキッ

ゼオンは抵抗もせず、俺の拳骨を頭に受けた。

「全然痛くないが、こんなんでいいのか?」
「いい。ゼオンが8割悪いとしても、ガッシュの話を聞かなかった俺の方が悪い」

次にすべきことは、ただ一つだ。
俺は踵を返してガッシュの部屋へ走った。




+++++

全くやる気が削がれてしまった私は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
するとどっと疲れが体にきて、頭が痛い。仕方なく今日の仕事は切り上げ、寝室の大きなベッドに勢いよく倒れ込んだ。

「はああぁぁ、」

仲間を大切にする清麿があの場で自分を怒るのは当然だ。
結果自業自得とはいえゼオンは多少痛い思いをしたはずだし、王たる者あれくらいのことで感情的になってはいけないのに。

日頃の睡眠不足のせいか、少し横になっただけですぐに眠気が襲ってきた。
もう寝てしまおう、意識を手放そうとした瞬間、控えめなノックの音が聞こえていっきに覚醒する。

心当たりのある相手はひとりしかいない。
でもその相手には寝室の鍵を渡してあるから、いくらでも入ってこれるはずだ。

重い体を引きずって寝室のドアを開けると、思った通りの人物が立ち尽くしていた。
しかしその表情は険しく、剣呑な雰囲気を漂わせている。うかつに口を開ける状況ではないため、黙って相手の出方を待った。

沈黙を破ったのは、清麿のか細い声だ。

「ガッシュ…お前に謝りたい。中、入ってもいいか」
「う、うぬ」

「ゼオンから大体話を聞いた。俺、頭ごなしにお前に怒って…話も聞かないで…悪かった。だから、」
「…だっ、だから?」
「いま、ゼオンを一発殴ってきた。…お前も俺のこと殴っていい」
「へ?」

何かと思えば、なんて可愛いことを言い出すのか。
清麿の中ではまだ私は怒っているらしく、いつもの覇気が感じられない。

「それでは、目を瞑ってもらおうかの」

そう告げるとぎゅっと瞳を閉じて眉根を寄せる清麿に自然と笑みが漏れ、それを悟られないようにゆっくりと右手を顔に近づけた。

私が、清麿に手を出すなんて有り得ないことなのに。
バカ正直に殴られる心構えをしているところが可愛い。

白く滑らかな額に軽くでこぴんすると、驚いたように清麿の目が開かれた。

「すまなかった!最近疲れがたまって、短気になっていたようなのだ」
「あ、ああ」
「あと、清麿と過ごす時間が足りなくてイラついてたのだ」

「だから、これから清麿とイチャイチャできれば、私は明日から絶好調なのだが…よいか?」

でこぴんついでに、その額にキスをした。

「…バカ」

向けられた言葉がいつもの軽口になったことが嬉しくて抱き付けば、おずおずと背中に手が回される。

「なんだか、ほんと久々だな。こういうの」

隙間なく抱き合う、それだけでなんだかホッとした。
いつも心の片隅に引っかかっていた仕事へのプレッシャーも、この温かなぬくもりに溶けていく。


「なぁガッシュ、一段落したら連休とろうな」
「…うぬ」




+++++

「おいティオ」
「あらゼオン!で、どうだった?私脚本の『王様ストレス大爆発作戦〜ため込まずに一度爆発してスッキリ〜』は」
「お前の台本通りにことが進み、お前の台本通りに俺が悪役になり、ガッシュもすっきりしたそうだが…」
「うんうん」
「…こんな回りくどいことせずに、普通に清麿と二人きりにしたほうがよかったんじゃないか」




「…ちゃんとあの二人にはゼオンのことフォローしておくわね」
「……はあ」




end


喧嘩ってなんだろうということで、ゼオンお兄様に出張ってもいました。
え、これってゼオンとガッシュの喧嘩?と思われますが、そこはスルーでお願いします←

リクエストありがとうございました^^






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