PSYCHO-PASS zero

□prologue
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今日は2100年3月1日。

あと15日で私が密かに想いを寄せている『彼』が卒業してしまう。

『彼』は卒業後、日東学院高等教育課程 社会科学部で社会心理学科への入学が決まっている。

『彼』と私は幼い頃から
お互いの家が近かったので親同士が知り合いで
一人っ子の私にとって私より2歳年上の『彼』は頼れるお兄ちゃん代わりだった。


私は小学校の高学年頃になる頃、
『彼』をお兄ちゃんとしてではなく異性として意識し始めた。


文武両道、人望が厚く、
それに加えて男らしく整った顔立ちで
おまけに背が高くてしなやかな筋肉がついていて非の打ち所がなかった。

人に優しく自分に厳しい性格でリーダー気質があり誰にでも慕われた。


それだけ揃っていてモテないわけがない。

女の子達から何度も告白されているのを目撃し、
そのたびに胸が苦しくなった。


ある日、『彼』と一緒に帰っている女子を見かけたことがあった。


その女子は『彼』と同学年に見えて
髪が長くて背が高くて女性らしい身体の綺麗な人だった。


その女子は『彼』と一緒にいることが多く
とても親しそうに見えた。

きっと彼女と『彼』は両想いなのかも知れない。

私が割って入る隙なんて無い。

私は『彼』に何年も片思いをしていて、その日、失恋した気持ちになった。

ちょうどその頃、私に告白してきた同級生の男の子と気まぐれに付き合うことにした。
『彼』への失恋で落ち込む気待ちを紛らわせるために。



同級生の男の子は神奈川東中学校では人気が高い
いわゆるイケメンの部類に入っていたことをすぐに知った。
名前は 瀧川 裕翔 (たきがわ ひろと)くん。

私の瞳にはいつも『彼』しか映っていなかったので瀧川くんの存在を全く知らなかった。

瀧川くんと付き合うことになってからというもの
親友から羨ましがられ学校の女子達には嫉妬された。

放課後は瀧川くんと一緒に帰ることが習慣になり
やがて瀧川くんの自宅へ誘われたが、
なにかと理由を付けて断っていた。

瀧川くんは頭も良くてスポーツもできた。そして優しい。
付き合っているのに酷い話だが友達としか見れない。
私の心は『彼』への想いが未だ断ち切れていない。


『彼』のどういうところが好きになったんだろう。
1番は優しさ、かな。
頼り甲斐があってリーダー気質もあるし男らしい仕草や態度にドキドキする。


今日も瀧川くんと一緒に帰っているのに『彼』のことばかり考えていて上の空だった。

「アンリ、ちゃん…?」

「あ、ごめん。何か話しかけてた?」

「ちょっと公園に寄り道しない?っていう提案。」

「いいよ。でも今日はちょっと早く家に帰りたいかも。だから長くいれないけど、いい?」

「ぜんっせん、いいよ。」

手を繋がれ、ちょっとだけドキっとした。

公園へ着くとベンチに座り
瀧川くんは、いろんな話をしてくれていた。

日も暮れて、ふと風が通り過ぎた瞬間に不意に瀧川くんが私にキスをしようとした。

咄嗟に『彼』の顔が浮かび、ごめんと拒否してしまった。


それが別れのきっかけになった。


私、瀧川くんにどんなふうに今まで接してたんだろう…。
罪悪感でいっぱいだった。







3月15日ーーーーー
神奈川東中学校の卒業式。

大好きな『彼』が卒業してしまう。
毎日、目で追うことさえできなくなってしまう。

勇気を振り絞り3年生の階まで登っていき『彼』のクラスを探した。

1年の私が3年生の階にいること自体が目立ってしまい周囲がざわざわつき始めた。

『彼』のクラスは特に男子の割合が高く
さながら男子校のような雰囲気で益々居づらい。

早く『彼』を探さなくては。




(あの子、1年の三神アンリじゃね?!)

(え?!なんで?!は?本当だ!東中の女神!三神アンリ!……誰か探してるふうだぞ?)

(やっぱ間近で見ると、すっげぇ可愛いな。いい匂いした!)

(おい、興奮すんなって。)

(興奮しねぇのかよ!
見ろよ!歩くたびにおっぱいぶるんぶるんって揺れてる…美人で巨乳。
やっべ…勃ちそう。)

(お前、どんだけ厭らしい目で見てるだよ。呆れるわ、さすがに。…あ、でもまぁわからんでもない。
ほんとに揺れてる…おっぱい…)

(だろ?美人で巨乳。マジで最高じゃね?)

(あー!付き合いてぇ!おっぱい揉みたい。谷間に顔を埋めたいー!)

(もし付き合えたら俺、束縛しまくる。俺が独り占めする。三神アンリのおっぱいは俺のものだ!)

(なに言ってんだよ、俺のアンリちゃんなんだよ。あーヤりたい。絶対、全身柔らかくて肌とかツルっツルだし、おっぱいはGかHだな。)

(なんだそれ、お前、分析しすぎだっつーの。でもGかHくらいあるな、あれ。
1度でいいからヤらしてくんないかなー。ミラクルが起きて、アンリちゃんが俺のこと好きになるとかになんねぇかなー。)

(ばーか!あるわけねぇだろ、そんなこと。)

(で、だからさ、誰か探してるふうじゃね?って言ってんだろ。)

(あー、そうっぽい。話し掛ける絶好のチャンスじゃね?!)

(よっし!じゃあ声掛けちゃう〜?)

(どさくさ紛れに触っちゃいてぇー!)

(いくぞ早く)


アンリ品評会をしていた男子3人が
アンリの後を追うため足早に席を立った。

学校中の男子達から憧れの存在であり性的対象として話題にされていることは
アンリ本人だけが知らない。

男子3人の会話の一部始終が耳に入っていた狡噛慎也はアンリの姿を追って先回りした。





「慎也くん…。どこかな…。確かこのクラスだったはずなのに。」

アンリは廊下から教室内を見て諦めて引き返そうと廊下の角を右に曲がった瞬間、右腕を掴まれて反対側へ引き戻させた。

「……えっ?!」
アンリが体勢を崩してよろけると
アンリの身体を抱き止める慎也がいた。

「慎也くん!?」

「声が大きい。静かにしてろ。」
ふわっと香る、慎也くんの匂い。
男らしくてドキドキする。
顔が赤く染まってしまうのを見られないように俯いた。

急速に高鳴る鼓動。
そして私の右腕を掴んでいるのも慎也くん。

「いいから、とりあえずこっちこい。」

そう言って掴んだ右腕を離し、
右手を握られて早足で歩き出す。
途中、突然音楽室へ入り廊下を誰かを探すように歩いていく男子3人をやり過ごすと
音楽室を出て足早に階段を駆け上っていく。

右手を握られたまま慎也に誘導されるがまま歩いているアンリ。

慎也のゴツゴツした手の感触や熱い体温
久しぶりにこんな近くで見れて鼓動が早鐘を打つ…。

よく見ると指が細くて長い。
爪も大きいんだ。
こんなにまじまじと見たことがなかった。
瞳の色、黒じゃなくて、光が瞳に反射するときに少しだけ青っぼく見えるんだ、とか。
たくさんの発見があった。


「なんか俺の顔に付いてるか?」

「あっ、ごめん。」
慎也くんのことを観察しすぎた。


屋上へと続く階段をどんどん登っていく。
慎也はポケットから取り出した先が少し歪に曲げられた針金を取り出すと
鉄扉のドアの鍵穴に差し込み器用にこじ開ける。

そして屋上へ出るとドアの鍵を閉めた。


「アンリ、どうした?
3年の誰かに何か用事でもあったのか?
………お前が来ると目立つ。」


「目立つって…なんで?
誰かって…慎也くんだよ。」


「俺に?」

「うん。今日、卒業式でしょ。」

「ああ、そうだが。」

「なんか、こうして慎也くんとちゃんと話せるの久しぶりすぎて…。」

アンリは慎也から目を逸らしながら続けた。

「卒業おめでとう、って言いたいけど…卒業したら…日東学院に行くんだよね?」

「ああ。」

「そうだよね…。日東学院って、ここからすごく遠いよね。2時間…は、かかんないか、くらい?」

「毎日2時間弱かけて通うとなると往復で4時間。学院の近くで独り暮らしをする予定だ。明日、引越しの準備して明日から住めるようにする。」

「えっ?!明日…そっか…もうあんまり会えなくなるよね…。」

「……会おうと思えば会えるだろ。」

「会いたいって言ったら会ってくれるの?」

「どうしたアンリ。いつものお前らしくないぞ。」

「ごめん、なんか私、焦ってるのかも。」

「何を焦る必要があるんだ?」

「んーー。」

「アンリ?」
慎也くんは困った表情をしてる。

そんな優しい表情でそんな声で私の名前を呼んでくれるだけで心がいっぱいになる。

慎也くんのことだからわたしの気持ちを言っても
ちゃんと真剣に考えてくれるだろう。
けれど、私のことは妹としか見てくれてないのは分かってるから困らせてしまう。
私達の今までの関係…お兄ちゃんと妹…が崩れてしまったら。

慎也くんのこと好きって言ったら、
きっとギクシャクする。
でも、もうなかなか会えなくなるかも知れないから想いだけだも伝えておきたい。

「アンリ、どうした?」

「あのね、……言うだけ…言ってもいいかな…私が今から言おうとしてることは深く考えて欲しいの。今までと同じように私に接して欲しいから。それだけ約束して。」

「…アンリがこれから言おうとしてることは、それを聞いてからだと俺がアンリに対する態度を変える可能性がある、ということだな?」

「んーーー。そんな難しく考えてないで欲しいよ。んーーと。じゃあ言っちゃうね。」

大きく深呼吸をした。

「……慎也くんのことが好きなの。ずっと前から…。」

慎也くんは目を見開いて驚いた表情をしてる。
どうしよう、やっぱり思ってたとおりだ。
妹としか見てない私に告白されたら困るよね…
でも、もう全部言っちゃおう!

「…だから、だからね、ごめんね、私のこと妹としか見てないよね。わかってる。」

私どんどん早口になってる。

「私の気持ちだけ押し付けてごめんね。だから、これからも妹として今までどおり同じ…」

言い終わる前に慎也くんが私との距離を縮めてきて優しく腕を引かれて抱き寄せられた。

「えっ…」

慎也くんの両腕が私の背中に回って…
ドキドキが止まらない。

「俺、1度でもアンリのこと妹なんて言ったか?言ってないだろ。」

私を抱き締めるチカラが強くなっていった。

休憩時間の終わりを告げるチャイムの音が鳴り響いた。


「今日の夜、お前ん家に行くから待ってろ。」

私の心と頭がパニック状態で現実なのか夢なのか受け止めきれずにボーッとしていた。

「アンリ。」

私の名前を優しく呼ぶ声。
嬉しすぎてどうにかなっちゃいそう。

「うん。」

「卒業式始まるから、戻るぞ。」

「うん。」

手を繋いでくれて、歩き始める慎也くん。

幸せすぎてドキドキが止まらなくて
どこをどう歩いて教室まで戻ってきたのか分からなくてなるほどだった。





卒業式が始まり、下級生たちは3年生を見送るための列を作る。

私の瞳には慎也くんしか映っていない。
目が合うと、慎也くんが頷いた。

心が嬉しすぎて、はぁ…大きく息を吐き出すと
隣にいる彩花が
「アンリ、どーしたの?さっきから、っていうか教室戻ってきてから変だよ。
すごーく幸せオーラ振りまいてるんだけど。いいことあったんでしょー?」
とニヤけながら私の顔を覗いてきた。


「やだー。うん、すごく変かも。自覚症状ありすぎるくらいある。」


「もしや、好きな人から告白されたとかー?」

「んーーというか、逆、かな。」


「逆って何なのよー?」


「私が勇気を出して告白したらOKだった、っぽい?かも」


「だったっぽいかも?!なにそれ、じゃあまだ分かんないのにニヤけてんのー?」

「うん、まだ分かんない…けど。やっと言えてすっきりしたのと断られたわけじゃない反応だったから。」


「っていうか、アンリに告られて断る男なんていないから。アンタってホント、自分のことわかってかないよねぇ。って、アンリ聞いてんのー?!」


また一瞬だけ慎也くんと目が合って、ずっと目で追ってしまう。


「あーー…わかったぁ…さては3年の狡噛先輩でしょー?」


「えっ?!なんで…わかったの?!」


「んもぅ、なんでって、アンリがずっと見てる先を見たらすぐ分かるっての!」


「狡噛先輩かぁ…なるほど。アンリが好きになりそうなタイプだわ。
狡噛先輩って女子に人気あるよねぇ。
わかる、かっこいいもん。」


「えっ?!彩花も慎…狡噛せんぱいのこと好き…なの?…」


「違うよ、安心しなって。一般論としてカッコいいって思うの分かるって言っただけだよー。」


「あ、そっかぁ。良かった。」






卒業式が終わって全校生徒も帰宅時間になった。


私はすぐに帰宅の途についたが
お父さんもお母さんも昨日から温泉旅行に行ってるから今夜も明日もいないんだよなぁ、と考えていたら
今夜、慎也くんがウチに来るって言ってたのを思い出して
またドキドキが止まらなくなった。



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