龍が如く4-2

□第1章
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第1章 出逢い




スカイファイナンスの店内には、
秘書の花が打つ、パソコンのキーボードがカタカタと音を立て響いている。


あれだけ激痩せした花だったが、もうすっかり元の体型に戻ってしまった。


いや、以前にも増して大きくなっている。


激痩せしてしまった花を気遣い、秋山が韓来の特撰カルビ弁当を買い与えた結果である。



黒革のソファーが合い向かいに並ぶ応接セット。


応接セットのテーブルには無造作に投げ置かれた週刊誌。


煙草の吸い殻で山盛りになっている灰皿。


ソファーで寝ている秋山。


時々、寝返りをうっているが一向に起きる気配はない。


秋山を横目に見ながら、花はパソコンのキーボードに怒りを込めながら打っている。


パンっとEnterキーをチカラまかせに弾くと、花は天井を仰ぎながら溜息を吐いた。


「あー…。疲れた。お腹すいた。」


ふと、壁掛け時計を見ると昼の12時を回っていた。


「げっ!?もうお昼の時間になってる!
んもう、社長が起きたら絶対に韓来の特撰カルビ弁当買ってきてもらわなきゃ!」


かなり大きめの独り言を呟く。




パソコンのキーボードを打つ音が響いている店内。




更に5分後…。




「んー…。」


ソファーのほうから時折寝息が聞こえ、
寝返りをうっているのだろう、ソファーの軋む音が聞こえる。


花は、秋山が寝ているソファーへチラリと視線を移した。


「あ、起きた!?………………起きてない。」


呆れたような怒ったような口調で言い捨てる。



更に5分後…。



「んー…。んあーーーーー…。」


起きたようで起きていない、紛らわしい寝息を立てながらを寝返りをうっていた秋山が、
やっと眠りから覚めたようだ。


待ってましたとばかりに秋山が寝ているソファーへ視線を移す花。


秋山は、伸びをしながら気だるそうな声を出し、ソファーから上体を起こすと、
右膝を折ってソファーに乗せ、立膝をしながら、背もたれに身体を預けた。


「んーーーー。」


両手を挙げてストレッチをしながら大きな欠伸をする。


「お は よ う ご ざ い ま す ー !!」


花の大きな声が秋山の寝起きの耳を鋭く貫く。


秋山は、眉間に皺を寄せ、しばらく静止する。


「んーあー……おはよー。」


目はまだ瞑ったままだ。


「んもう、やっと起きた。
私、朝からずーーーーっと書類整理してるんですよ。そう、社長が気持ち良さそうに寝てる間に。
いま何時だと思ってるんですか!?」


起きたばかりだというのに、捲し立てるように早口で愚痴を言う花。


朦朧としながら、はいはいと頷くように首を縦に振る。


「ん?えーーっと、いまはー…。」


「12時ですよ12時!」


右手で額を支え、眠い目をパチパチと瞬きしながら左腕の腕時計を見る。


「……あ、ホントだ。12時だね。」


「あ、ホントだ……じゃないですよ、まったく……。
お腹すいちゃいましたよ、私。社長、韓来の特撰カルビ弁当、買ってきてください。今すぐに!」


「……えっ!?いま!?起きたばっかりだってのに?…そりゃないよ花ちゃーん。」


「社長は起きたばかりかも知れませんけど、私は朝からずーーっと仕事してるんですー。」


花は口を尖らせ、ムッとした表情になる。


「……あー…ごめん、ごめんって。」


「だから、もう12時なんですよ12時。お昼なんです。」


「……うんうん、12時はお昼の時間だよね。でも俺にとっては起きたての朝。」


「ったくもぅ!屁理屈言ってないで韓来の特撰カルビ弁当、買ってきてください。今すぐに!」


「本当に今すぐ行けっての!?」


「本当に決まってるじゃないですか。そうです、いますぐに、です。
何度も言わせないで下さいよ。まったくもう!」


花は有無を言わせない声色で秋山に命令する。


秋山は、「はぁ」、と深い溜息を吐き、ここは逆らわないほうが得策だと悟る。


「うんうん、今すぐにね。 優秀な秘書の 花 ち ゃ ん の た め に 韓来の特撰カルビ弁当買ってくるよ。」


花ちゃんのため、と強調して御機嫌を伺う。


「じゃあ、お願いします。」


少しだけ機嫌を直したように見えるが、
事務的に答える花の指はパソコンのキーボードをカタカタ打ったまま秋山のほうを見もしない。


お伺いを立てるように、秋山は恐る恐る花に話しかける。


「……えーと、花ちゃん。」


「何ですか?」


「……あのさぁ、すぐに行きたいのはヤマヤマなんだけど。」


「けど、なんですか?」


「……せめて煙草1本くらい吸わせてよー。ね、花ちゃん。」


「じゃあ、1本だけですよ。」


ピシャっと言い放つ花は表情一つ変えず、なおもキーボードを打ち続けている。


煙草1本を大事そうに吸う秋山。


そろそろ煙草が吸い終わりそうな瞬間、
まるで秋山が1本吸い終わるまで監視していたかのようなタイミングで花は「いってらっしゃーい!」と秋山に声を掛ける。


秋山は思わずビクっとして、火のついている短い煙草を膝の上に落としそうになった。


慌ててキャッチすると、吸い殻で山盛りになっている灰皿の隅で消した。


煙草を吸い終えるまで花にずっと見られていたのかと思い、咄嗟に花へと視線を移すが、
相変わらずパソコンのキーボードをカタカタ打ったまま秋山のほうなど全く見ていなかった。


花ちゃんって…怖い。


秋山は思わず背筋が震え、その勢いで立ち上がった。


向かいのソファーに投げ置いてあるワインレッドのジャケットを羽織ると、
ポケットから財布を取り出し中身を確認する。


「いってきます…。」と消え入りそうな声で出掛ける挨拶をすると、


花は満面の笑みを浮かべて「いってらっしゃーい!」と見送った。
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