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□彼の理性
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「足りないものは? 何か買ってきましょうか?」
「あ、大丈夫だと……思います」

 ベッドのシーツを広げながら、平井が振り返って答えた。自分の身体がよくわからなくなってしまったまま家に帰るのを彼が不安がったので、人手が足りないから事務を手伝ってもらいたいだとかそんな連絡を彼の自宅に入れて今日は病院に泊めることにした。

「広くはありませんがシャワー室もあるので使ってください。夕飯はさっき適当に買ってきましたから、その中から」
「あの」
「どうしました?」
「……塩坂先生はどこで寝るんですか?」
「――」

 答えに迷った。自宅は病院から少し離れているし、患者を病院に残していくことはできないし、だからと言って自宅に連れ帰る訳にもいかないし。

(聞かれると、少し困りますね……)

 別に一日くらい寝なくても平気だと思っていたのだけれど。

「……よかったら、一緒に寝ますか?」
「え……」

 逡巡する塩坂を気遣ってか、伺うように聞かれて少し驚いた。

「や、あの、塩坂先生の寝るとこが無いなーと……思って」
「……いや」

 一緒に寝るのはまずいでしょう。言いかけて思った。そういう考えの方が、まずいんじゃないのか。

「……でも、狭いでしょう? 病院なんてただでさえ居心地が良くないでしょうから、無理しなくていいんですよ」

 不意に心に浮かんだ自分の声に強く拒否することもできず、塩坂は曖昧な返事を返す。

「俺、でもそれなら先生にも無理してほしくないです」
「それは……」

(……どう、言えばいいんだこれは)

 ふ、とひとつ息を吐いた。

「では、眠くなったら一緒に寝かせてもらいますから。君は先に寝ていてください」
「……はい」

 ほっとしたように平井の顔が綻んだ。実際にどうするかは置いておいても、今彼に不快な思いをさせるのは嫌だった。

 それから待合室にテーブルを出して夕食にした。男子中学生にしてはあまりに小食だったのでどこか調子が悪いのかと尋ねたけれど、いつもこうなのだと苦笑を返されただけだった。その表情は少し、物憂げにも見えた。



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