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□白黒コントラスト
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そういえば、と思って顔を上げた。向かいの広理はエンターキーの上の指を下ろさないまま、難しい顔をして静止している。
「広理、冷蔵庫に和菓子がある」
「ん……、ああ、じゃあ休憩にしようか」
にこりと笑ってパソコンを閉じると、広理は慣れた様子で柚木の部屋の奥へと立ち緑茶の仕度を始めたようだった。
(変な、関係だ)
好きだと言った。彼も応えた。ただ気持ちの種類が問題なのだと、そのことを彼が理解したのかどうかは怪しいところだと感じていた。
(……別にいいけど)
口に出したことで、コップの水は空とまではいかないけれど確実に減った。溢れることを危惧する必要もない。今はそこまで苦しくない。
(苦しく、ない)
「柚木、これ、この茶葉使っていいの?」
「どれ」
「この、白い缶の」
「ああ……袋に入ったのがあるからそっちにして」
「どこ?」
「今出す」
(なんかもう、……駄目かも)
わからなかった。当たり前のように流れていく、この穏やかな時間が疑問だった。どうして平然としていられるのか、聞くことができたらそもそもあんなかたちで告白なんてしなかっただろうと思う。今更だ。
「……どうかした?」
「いや」
知らず、ため息をついていた。
「あー……少し疲れた、かも」
「ああ、さすがにね。もうこんな時間だし」
「ノルマは済んでるから今日はいいにしよう。明日早いんだろ」
「ん……忘れてた。そうか、そうだね、じゃあお茶飲んだら戻らせてもらうよ」
「部屋で仕事するなよ」
「しないよ」
(何なんだ、俺は)
ちょっと不自然なくらいに自然じゃないかと、自分で思う。
(それは自然な方がいいに決まってるけど。広理も困らないしこっちだって変なことして避けられたりしたくないし、…だけど)
だけどあの告白が無かったことになったらと、それを思うと悲しくて仕方がない。
何を失ってもいいと、失うものなんて何も無いと半ば投げやりになっていたあの頃とは状況も心境も違う。波風を立てたくないというのが本音だし、多少の冷静さが戻ってきた今、渇望は自分が辛くなるだけだとわかっていた。
(もう……きっと、全部)
触れ合った記憶も友達の範疇を少しだけ越えた事実も、いずれ彼の中では無かったことになるだろう。そうしたら自分も、これ以上掻き回すようなことはしたくないと思っていた。
「あ、美味しい」
「ネットで取り寄せたんだ。菓子は社長が置いてった」
「社長かー……あの人、食費を経費で落とそうとするんだもんなぁ」
「これは貰い物だって」
ならいいけど、と微かに眉を寄せたまま呟いた広理が熱い緑茶を啜った。安心しきったように吐き出される吐息が、何だか居たたまれなかった。