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□ジレンマの森
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「あっ……」
(……ん)
よし、と思った。同時に安堵した。
(上手くいった)
これで生きられる。そう思った。
信じられないほど柔い生物をくわえて、巣穴へと急ぐ。地面に掘った穴の入り口には覆い被さるように草が生えていて、日の光は申し訳程度にしか入ってこない。
薄暗い穴の一番奥に押し込むと、うさぎは身体を丸めて小刻みに震えていた。怯えているようだった。
(……、当たり前か)
蛇に捕まった自分がこれからどうなるのか、思い当たったのかもしれない。
「そんなに怯えなくても」
見下ろした状態で言ったら、びく、とうさぎが身体を揺らした。下げて身体に貼り付けた耳に、更にかたく力が込められる。
「別にそこまで痛くしない」
聞いたうさぎが一層小さく身体を丸めたので、そこで失言に気が付いた。
(いや、だって、お腹空いてるし……)
食べないと死ぬし。
「……まぁ、いいけど」
何だか面倒くさくなってうさぎの前にしゃがみ込んだ。抵抗されたところで食欲が無くなる訳でもないし、だったらがたがた震えて身じろぐことさえままならないような、今のうちに。
(そういえばうさぎ、食べたことなかったな……)
「……! っ、た……」
ぼんやりと思いながら耳に噛み付いたら、うさぎが小さな、本当に小さな声をあげた。
「……痛いの?」
ちょっと、気になる声だった。
「あんまり痛いならそのまま食べるのはやめるけど」
「……?」
恐る恐る見上げてくるうさぎの目は、深い森の色をしていた。恐怖の中に困惑の気配がある。
(あー……説明……)
「毒で麻痺させてから、食う」
言ったらうさぎが固まった。
(あ……、変なこと言った、か?)
よくわからない。頭が上手くまわらないのは、おそらく空腹の所為だろう。
ひとつ、息を吐く。
「……お腹空いてるんだけど」
いい加減観念したら、とため息混じりに言ってみせる。体内にエネルギーがあまり残っていない所為か、色々と面倒くさかった。
「っ……」
うさぎは涙目で俯いた。最後の抵抗にしては、あまりにも大人しい動作だった。
(それは、こっちだって、普段ならあんたみたいなの食べたりしないけど)
だって丸呑みできないものなんて、消費しきるまでの過程がグロすぎる。
(でも、まぁ……背に腹はかえられないっていうか)
とりあえず食べさせてほしい。片耳だけでもいいから。
「まぁ、自然の摂理だから」
宥めるように言って髪を撫でてやると、一粒、うさぎの目から涙が零れた。透明だった。
(逃げる気……無いのか)
流れる雫を拭ってやると、うさぎは反射的に目を閉じた。自身を庇うように身体の前で交差させた腕は、あまりに細かった。
(これ、……)
「……やめた」
「え」
「保留」
(なんか、食べても意味無さそう)
噛んだ耳から小さく血が出ていた。指先でつまむように撫でてやると、痛みを感じたのかうさぎが肩を竦めた。
「……あんた、何食べるの」
「え、え……」
「食べるのは?」
「葉っぱ……、……?」
「わかった」
(なんかこれ、なぁ……)
巣から出て適当に植物を集めた。どうにも気力が無くて、仕方ないので水辺で蛙を捕まえた。両生類系は好きじゃないけれど比較的動きが鈍いので、あれ、背に腹はかえられない。
(……ひも? って言うんだっけ?)
何か違う気がする。とりあえず巣穴へ戻った。律儀なことに、うさぎは穴の奥に大人しく座っていた。持ち帰った植物を前に、よくわからない顔をする。
「逃げるとか、すればよかったのに」
「でも……」
「でも?」
「……よく、わからなくて」
(……? こっちが、ってことか?)
よくわからないのはあんたの方。思いながら食事を促す。どうせなら美味い食事がしたい。その為にはこんな、痩せた身体は論外なので。
「沢山食べるんですよ」
「……、やっぱり、わからないです……」
もそもそと草を口に運ぶうさぎは、もしかしたら順応が早い生き物なのかもしれない。思いながら興味本位で口にしたクローバーの葉を、次の瞬間には吐き出した。