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□通い猫
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 金色の猫が来なくなった。そう言ったら失笑された。馬鹿言わないでくださいよ、というのは彼の口癖になりつつあり、だから僕もそう言われることに慣れつつある。

「それは、金色の猫なんて居ないってこと?」
「社内に猫なんて居ないということでもあります」
「僕は見たよ」
「そこが一番疑わしいんですよ」

 こういう言葉が飛び出すってことは、ふざけるくらいに余裕があるか、やり残している仕事がありすぎてテンションが振れているかのどちらかだ。ここのところの僕は件の猫にかかりっきりだったので、多分まずい方だろうなーと思いながらも触れないでおく。

「大体、衛生管理の行き届いたここで、どうやって野良猫が生きていくって言うんです。ペットは禁止なんですよ」
「僕が餌付けしてる」
「何食べるか知ってるんですか」
「飴とか……あ、昨日はチョコレートだったかな」
「飴なんて砂糖と着色料の化合物じゃないですか。チョコレートには猫には分解できない成分が含まれてるんですから、……その所為じゃないですか、猫が来ないのって」
「ん? やぁ……美味しそうに食べてたよ」
「そういう問題じゃないです。まったく、いい歳して何考えてるんですか。動物虐待だなんてことになったら話のネタにもなりませんよ」

 彼が辛辣なのはいつものことで、僕も別に何とも思わないけど、だから彼もそういうことを言えるのだろうけど、でもさすがに目の下のクマだけは少し気になった。

「秘書くんさー、寝てないの?」
「いや、ああ……いえ、昨日はちょっと……人が来て」
「人?」
「同僚ですよ、ハーフの。あの目立つ。たまにここにも来る」
「……ここに?」
「ええ」
「人は、あんまり来ないよ」
「え?」

 ことん、と首を傾げたまま続ける。

「猫とか、あと……ちょっと前にはうさぎなら来てたけど」
「うさぎ?」
「黒くて、さらさらつやつやなの。あとふわふわ」
「……ええと……」

 通気口とか調べた方がいいかな、それよりカメラの映像チェックか。人差し指の付け根を眉間に押し当てて小さく零す彼の携帯が控えめに振動した。マナーモードになんかしなくたって、別に怒らないのにね。

「誰?」
「ん、ああ……同僚ですね、例の。ちょっといいですか?」
「どうぞ」

 小さなディスプレイに向かってその会話のほとんどを事務的な単語で埋める彼の背中越しに、何気なく見た解像度の高くもない画面。薄暗い背景の中に煌めく金色に、なんだ、と思わず声が漏れた。

「秘書くんの所に行っちゃったんだ」




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